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真田幸村物の「定本」決定版。歴史の信繁、文学の幸村(前編)

真田幸村物の「定本」決定版。歴史の信繁、文学の幸村(前編)

文:高橋 圭一 (大阪大谷大学教授・江戸文学研究)

『真田幸村』 (小林計一郎 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

     ○

 小林氏が史料を分析して得た正しい幸村像は、以下の如くである。この結論に至る史料の収集と解読が本書の真骨頂であり、読者諸賢にはじっくり味読していただきたい。

「真田幸村は、武将とはいっても、織田信長・豊臣秀吉などにくらべられるような重要な人物でないのはもちろん、父昌幸・兄信之などとくらべても、世間的には小さな存在にすぎなかった。……幸村は独立した大名になったことはない。壮年で禄を失い、高野山下九度山村で長い浪人生活の末、大坂城に招かれ、落城の悲劇のなかで奮闘して名を後世に残したというにすぎない。(はじめに)」「大坂城における幸村は傭兵隊長にすぎなかった。(同)」「幸村が『軍師』であったという証拠は全くない。(幸村の評価)」

 文末に注意してほしい。かなり厳しい口調である。初版当時、昭和五十年代には、「幸村は信長・秀吉に伍するような偉大な武将で、大坂城の軍師として大活躍した」というのが常識であった。その通説を覆そうと、氏は果敢に立ち向かっていたのである。氏はその通説を形成したのは講談(古い言い方では講釈。講釈は現代でも使われるが、本稿では講談・講談師に統一した)であると考えておられたらしい。

 本書は「真田幸村という名はたいへん有名である。しかし、どちらかというと、講談などの主人公として有名なのであって、その人間そのものは、正しく伝えられていない」と書き出されている。他にも「真田父子の別れは、合意の上だったという説が講談などに盛んに行なわれている。(父子兄弟離散の真意)」「この話もいかにも講談めいていて、話としてはおもしろいが、どうも事実とは思われない。(幸村、九度山を出る)」などと見える。講談という芸能を知る人の高齢化が進む現今と比べて、隔世の思いすら抱くことである。

     ○

 講談の種本となった江戸時代の小説群を、実録と称する。「実録」は文学史の用語である。(筆者は江戸文学の研究を専門としている。)実録は井原西鶴の浮世草子や曲亭馬琴の読本と同様、江戸文学の一ジャンルである。異なるのは、浮世草子や読本が、板本(版本とも)つまり木版刷りの本であるのに対して、実録は手書きの本だということ。実録の出版は許されなかったのである。内容は、概ね江戸時代に起こった事件や人物を題材として、脚色を施したもの。固有名詞は実名で記され、それなりに筋が通っている。読者に、なるほどあれはそういうことだったのかと納得させるものの、実は創作――この場合、嘘と言ってもよい――が多い。実録と称するのに嘘、ここがややこしい。実録は、従来講談師が書いたとされてきた。講談師の作であることがわかっている実録もある。たとえ、講談師が書いたものでなくとも、実録は講談の種本となった、とも言われてきた。

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真田幸村
小林計一郎・著

定価:本体1,050円+税 発売日:2015年10月20日

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