本書『真田幸村』(初版一九七九)の著者小林計一郎氏は、七年後に刊行された『真田三代軍記』の「あとがき」にこう書かれている。「『真田幸村』『真田一族』は確実な史料を中心に記述したので『真田もの』の一種の定本となり、作家を含めて多くの人々に利用された。これは著者にとってたいへんしあわせなことであった。」本書は、真田幸村物の「定本」決定版である。
『真田幸村』に先立つこと二十年、氏は『川中島の戦―甲信越戦国史―』を上梓された。その「まえがき」に、「この本を作るについては、次の三つの点に注意しました」とある。即ち、「1 正しく。 できるだけ正しい史料を使って書きました。……」「2 分かりやすく。 なるべくおおぜいの方に読んでいたゞけるよう、わかりやすく書きました。史料をのせる必要のある時は口語に訳してのせました。……」「3 広い見方で。 戦争の話だけでなく、上杉謙信・武田信玄の伝記や戦国時代のようすなどもなるべくくわしく書きました。……」以上三点は、『真田幸村』についてもそのまま当てはまる。
1は歴史書としては当然のことであろうが、氏は記述の一々に出典を明記し、後代の編纂書や小説の類が載せる説は、「確実な史料には出て来ない人物であるから、この本では割愛せざるを得なかった」「たしかな史料がないから本当かどうかわからない」などとばっさり切られている。だからこそ、読者は、本書に書かれていることを安心して史実と受け取ることができる。幸村という名前についても、冒頭近く「第一、幸村という名さえ確実な史料には見えず、実は信繁という名であった」と言われ、後の章では信繁と記された確かな史料を紹介されている。著者は二〇〇九年にお亡くなりになったが、御存命で今改訂版を出されるとすれば、タイトルは『真田信繁』とされたのではなかろうか。
2の口語訳は、読者にとっては至極有り難いのであるが、書く側からすると相当以上に骨の折れる作業である。自分なりに要約して使う方がよほどラクで、ボロも出にくい。氏は史料の全文を引用することが多く、特に重要な史料の場合は原文も合わせて掲げてある。これでは、もし誤訳があれば一目瞭然なわけで、自信と勇気を要する行為と言える。
3の「広い見方」は、本書を類書と隔てる最大の特徴であろう。ここでも、著者自らが語るところを聞こう。「幸村が大坂城で一方の大将となれたのは、その門地によるものであった。……幸村にいかに力倆があろうとも、父祖以来の真田家の武名がバックになければ、大坂城におけるこれほどの奮戦は不可能であったろう。そこで、真田家の歴史、祖父幸隆、父昌幸の事跡などを、ある程度くわしく述べてみたい。(はじめに)」
この言葉通り、小林氏は真田氏の先祖のことから説き起こし、幸隆・昌幸・幸村と続く真田氏三代の足跡を丁寧にたどる。真田氏を中心に据えた戦国史が叙されており、幸村前史などと片付けられない興味深い記述である。氏が信濃をフィールドとする郷土史家である強みが、よく出たくだりと言えよう。
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