村上 僕は昔から、古市さんの先生である小熊英二さんの大ファンでした。古市さんとの対談も面白かった。その中で、小熊さんは「未来で評価される人が若者、現在で評価される人が大人、過去で評価される人が老人です」とおっしゃっていました。だから、18歳で引退したスポーツ選手は“老人”なんだと。
古市 僕が『絶望の国の幸福な若者たち』という本を出したときに対談させていただきました。
村上 相変わらずなんてシャープなことを言う人だろうと思い、それなら、スティーブ・ジョブズのように、ずっと若者であり、かつ大人であり、昔からの功績を評価されている人もいる。その小熊さんの指摘に従えば、僕が今回の『オールド・テロリスト』で書いた登場人物は、みな“老人”ではないのかも知れないなと思いました。
古市 確かに、過去の評価にすがって生きている高齢者は出てきませんね。
村上 彼らは、どうやって未来に関与するか、そのことを切実に考えています。それもあって、主人公のセキグチも、最後にはシンパシーを感じるようになるわけです。
本誌で2011年から3年間にわたって連載された『オールド・テロリスト』が、このほど単行本として刊行された。80万人の中学生が集団不登校になるストーリーを描いて話題となった『希望の国のエクソダス』(単行本00年)の続編であり、どちらもライターのセキグチを語り部としている。
本作品では、近未来の日本を舞台に、“満洲国の亡霊”とも思える謎の老人グループが、日本を焼け野原にすべく次々と凄惨なテロを仕掛ける。
古市 僕は高校時代に『希望の国のエクソダス』を読んで、すごくショックを受けました。子どもの頃からずっと学校空間に窮屈な思いを抱いてきたんですが、こういうやり方で社会や教育を変えることができるかもしれないと気付かされ、それ以来、“希望”についてあれこれ考えてきました。続編とも言える『オールド・テロリスト』を読むことができて、すごく嬉しかったです。
村上 セキグチの視点で書く、つまり『希望の国のエクソダス』の続編とすることを思いついたのは、書き始める寸前でした。中学生のストーリーを『文藝春秋』で書いていたときは、サッカーで言うところの、アウェーで試合をしているような感じでした。15年が経って、『オールド・テロリスト』を書くときは、僕自身も読者の年齢に近づきました。
古市 セキグチはライターとして活躍していたのに、かなり悲惨な状況になってしまいましたね。妻子に逃げられ、経済的にも困窮して、ボロアパートで暮らしている様子が冒頭で描かれています。時代の変化という意味では、とてもリアリティがあります。
村上 そう、簡単に転落してしまう。書いていて、自分でも驚きました。
古市 ただ、並べてみるとすごく対照的な小説です。前作は、希望の国を作れるかもしれないという社会ビジョンを示しましたが、『オールド・テロリスト』では高齢者が日本を再び焼け野原にするためのテロを起こすことに主眼が置かれています。この作品の執筆は、どのような動機から始まったのでしょうか。
村上 主要登場人物ですが、70代後半から90歳ぐらいの、いわゆる後期高齢者と呼ばれる人たちです。僕は『カンブリア宮殿』というテレビ番組のインタビュアーをやっていて、その世代の経営者とよく会う機会があります。彼らのエネルギーはとにかくすごい。原則にしばられず、戦争を経験した方には「一度は死んだ命だ」というパワーもある。例えば、スズキの鈴木修会長はもうすぐ90歳ですが、考え方にもしゃべり方にも圧倒されてしまいます。セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長、ドトールコーヒーの鳥羽博道名誉会長も80歳ぐらいですね。
もちろん経営者の方々と『オールド・テロリスト』は関係ないですけど、経済的に成功して、社会的にもリスペクトされ、極限状態も経験している人たちが、持てる力をフルに使って立ち上がったらすごいことになるだろうな、と思ったんです。
古市 作中の言葉を借りれば、老人たちの「静かな怒り」がベースにあるということですね。
村上 古市さんも指摘していますが、高齢者の犯罪や自殺といった暗い話題は、大きく報じられないだけで、実は若者よりもはるかに多い。貧困も深刻です。以前、山谷を取材したときには、生活保護で三畳一間の部屋に入居しているお年寄りが多かった。ほとんどホームレスに近い存在です。彼らは声を出して怒っているわけではないですけど、先がないという不安は当然ある。
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