前編より続く
こんな美しい列車があるのか
古市 この国に希望があったのはいつぐらいまでだと思いますか。
村上 やはり高度成長期までじゃないですか。
古市 すると、オイルショックぐらいから希望が失われてしまったということでしょうか。
村上 失われたというより、不必要になったと思うんです。国家的な希望が必要だった時代がかつてはあった。いま希望をもっとも必要としているのは、たとえばスーダンの難民キャンプとかでしょう。逆に、フランスという国家に希望が必要かというと……。
古市 成熟した社会には必要ないかもしれません。
村上 それだけ日本が豊かになったとも言えます。僕は、ちょうど朝鮮戦争が休戦になり、高度経済成長が始まるころに生まれました。家にテレビがきたり、電気洗濯機が届いて母親が喜んだりといった場面を通じて、どんどん生活が豊かになっていく実感がありました。いまでも鮮明に覚えているのは、東海道新幹線ができた直後、東京の親戚宅を訪れていた母親と妹を迎えるため、親父と一緒に九州から新大阪まで行ったときのこと。ホームに入ってきた新幹線を見て、「こんなに美しい列車があるんだろうか」と子ども心に感動しました。この国の未来は明るいな、とも思った。
古市 『オールド・テロリスト』でも、いくつも印象的な場面がありました。僕自身が若者論をテーマにしていることもあって、心療内科医のアキヅキが語った「自分で自分の生き方を選ぶことができるのは数パーセントだ」という言葉には共感を覚えました。
いまの若者は、子どものころから「自由に生きろ」「夢を持て」と言われ続けて育ちますが、実際に社会で思い通りに生きられる人はむしろ少数派です。僕のデビュー作となった『希望難民ご一行様』では、逆に夢を諦めさせる、冷却させることが大事ではないかと書きました。
村上 今、自分で目標を設定し、達成欲求にしたがって生きられる人が数パーセントしかいない、それは確かにその通りです。ただ、その数字は、社会として、選択肢を示すことで、多少は増やせると思うんです。まあ、教育や職業訓練の現状を考えると絶望的ですが、それでも可能性はある。数パーセントから外れた人の活力がなければ、国も社会も衰退は止められないです。
『カンブリア宮殿』のゲストの経営者ですが、みな従業員のモチベーションを上げるために、信じられないような努力をしてます。そして、モチベーションを上げるいちばんいい方法は“やらされ感”をなくすことらしいです。わかりやすい例は外食産業ですが、成功しているところでは、店長にいろいろな決定権を与えているケースが多いです。パートやバイトの採用など人事権、メニューの細かな工夫までまかせる。人間の能力にそんなに差はない、自分のこととして仕事を捉えて、自分で考えるようになれば、当人も、そして組織も強くなると考えている経営者が増えています。