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この国の希望はどこにある【前編】 村上龍(作家)×古市憲寿(社会学者)

この国の希望はどこにある【前編】 村上龍(作家)×古市憲寿(社会学者)

気鋭の社会学者と語り尽くす「高齢社会」の未来


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

年寄りの冷や水は嫌い

村上龍(作家)1952年長崎県生まれ。『限りなく透明に近いブルー』で第75回芥川賞受賞。『コインロッカー・ベイビーズ』で野間文芸新人賞、『半島を出よ』では野間文芸賞、毎日出版文化賞を受賞。『トパーズ』『KYOKO』で映画監督も務めた。メールマガジン『JMM』を主宰。

古市 この本では、高齢者を応援したいという想いがあったんですか。

村上 応援というよりは、単純な好奇心です。『エクソダス』を書いたときも、「村上龍は中学生に期待しているのか」とかいろいろ言われましたけど、僕は中学生にも、若者にも、高齢者にも、要するに他人には、期待はしません。

古市 『エクソダス』に出てくる「この国には何でもある。だが、希望だけがない」という中学生グループのリーダーであるポンちゃんの台詞は、その後もあちこちで引用され、社会にも影響を与えた言葉だと思います。今回も、力を込めて書いた一文はありますか。

村上 それは読者が発見することなので、自分としてはあまり意識していないです。ただ、あの演説の場面は、「お、ポンちゃんかっこいいな」と思って、書いていて気持ちよかった。

古市 『オールド・テロリスト』の帯には本文中のこんな言葉が引用されています。

〈年寄りの冷や水とはよく言ったものだ。年寄りは、寒中水泳などすべきじゃない。別に元気じゃなくてもいいし、がんばることもない。年寄りは、静かに暮らし、あとはテロをやって歴史を変えればそれでいいんだ〉

 そういえば、冒頭で起きるNHKの爆破テロの犯行声明では、番組で紹介された上半身裸で登山するおじいさんを真似して、心臓発作で亡くなる高齢者が相次いだことへの怒りが動機だと述べられていましたね。

村上 NHKニュースで、本当にそういう人が出ていたんですよ。でも、がんばるおじいさんの紹介は、普通に生活している高齢者を「こんな元気な人に比べて、自分はなんてダメなんだ」と落ち込ませてしまうこともある。僕は年寄りの冷や水は本当に嫌いなんです。ただ、よくないのはその老人ではなく、メディアの紹介の仕方ですけどね。

古市 NHK西門の場面は、すごくリアルでしたね。

村上 取材で何度か現場に行きました。それで「これは簡単だ」と思って。

古市憲寿(社会学者)1985年東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所訪問研究員(上席)。専攻は社会学。近著に『保育園義務教育化』(小学館)。

古市 改めて2つの連続した作品を読んで感じるのは、龍さんが現状を突き放して見ることができる人なんだな、ということ。過度に期待したり、絶望することなく、あきれるほど冷静に現実を認識している。そして、両作品の趣旨やテーマは対照的でしたが、どちらも読み終えた後、心に残るものがありました。

村上 読後にモヤモヤしませんでしたか?

古市 そうですね。『オールド・テロリスト』はラストに“答え”が示されていないので、読者が「じゃあ、なにができるんだろう」という覚悟の有無を突きつけられたような気がします。

村上 モヤモヤするように書いたので。

古市 執拗に戦闘行為を描いた過去の作品、たとえば『五分後の世界』と比べると、ちょっと作風が違いますね。テロのシーンも、あそこまで暴力的に描かれていない印象を受けました。むしろエンターテイメント的な爽快感があります。

村上 描写は小説の最大の武器で、その密度は、作品の語り手とコンセプトによって違います。『五分後の世界』では、戦闘シーンを通じて主人公が変質するので、最大密度の描写が必要でした。今回は、セキグチが見たものを描写するわけで、密度は違ってきます。

古市 前作では近未来の日本が描かれていましたが、たとえば秋葉原事件やインフラの老朽化による死亡事故は現実のものとなりました。一方で、小説とは違い、失業率は20パーセントにならなかったし、『文藝春秋』が紙媒体として発刊されるぐらいには出版マーケットも残っています。ただ、15年後の日本は、そこまで絶望的な状態にならなかったかわりに、「希望の国」も生まれなかった。そういう状況に龍さんがイライラして『オールド・テロリスト』を書いたんじゃないか、と読者としては邪推してしまいます。

村上 イライラはいつもしているけど、社会批判はやめることにしました。疲れるし、それ自体ガス抜きになるかもしれないと思うし。ただ、小説では書きますけど。

古市 前作は日本からの独立の物語でしたし、今回出てきた満洲国も、ユートピアを目指した共同体だったと言えます。龍さんの作品からは、国家に対する興味を強く感じます。

村上 愛国心にしろ反発にしろ、国家に対する思いは、程度の差はあっても、誰でも、持っているでしょう。ただ、日本は80年代に経済的な成熟期を迎え、バブル崩壊を経て、いまに至っています。たとえて言うなら、すごく元気に働いてお金を稼いでいる親父がいた。気に食わないところもあるので反抗していたら、20年前に倒れて寝たきりになってしまった。少しずつ確実に体は衰退しているけれど、延命治療のせいで、急にポコッと死ぬわけでもない。そんな親父に反抗してなんの意味があるのだろう、というスタンスですね。


後編に続く

掲載文藝春秋 2015年8月号

 

オールド・テロリスト
村上龍・著

定価:本体1,800円+税 発売日:2015年06月26日

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