インタビューほか

〈対談〉私たちの見た司馬遼太郎
和田宏×山形眞功

「本の話」編集部

『司馬遼太郎という人』 (和田宏 著)

長年、司馬遼太郎さんの担当編集者を務められたお二人。『司馬遼太郎という人』(和田宏著・文春新書)刊行を機に思い出を語り合っていただいた。

思考の速度そのままの文章

山形 私は司馬さんの文章は、非常に新しいと思うんですけど、どうですか? あのスピード感はすごい。

和田 そうですね。

山形 速いんですよ。それまでの時代小説のように、主人公があちらこちら動くけれども、何で食べているのかよくわからないようなストーリーじゃなくて、ちゃんと説明しながら、それでいて速さがある。司馬さんの思考のスピードがそのまま文章になってるんですね(笑)。

和田 描写力もすごいですね。どの小説か忘れたけど、勤皇の志士が泊まっている田舎の旅籠(はたご)に、宿役人が役目柄、いやいや踏み込まなきゃいけないという場面があるんですよ。手下を連れて階段をおっかなびっくりそろそろと上がっていく。で、襖をガーッと開けて、御用だって言った時に、その宿役人の長い顔が余計長くなったと描いているんですね。それだけで、「ご、ご、ご用だ」なんて言ってる感じがパッと目に浮かぶでしょ。その男の貧相な顔から、腰が引けている情景までいっぺんにわかってしまう。これは勉強して書けるもんじゃないですね。

山形 いろいろな人々の動きや歴史の流れという大きな遠景を、いまのお話のような近景で具体的に見通せるようにお書きになる。だから、すごいんですよ。

和田 それはあの人の魅力の一つだろうね。やっぱり根っからの小説家なんだ。

山形 司馬さんの新聞記者的な要素を指摘する人がよくいるけど、やっぱり小説家だと思いますよ。

 そう言えば、司馬さんが直木賞を受賞した頃、私の大先輩にあたる女性編集者からエロ書け、エロ書けと迫られて困ったらしい(笑)。怒ってましたね。

和田 司馬さんが書いても面白くなさそう(笑)。

山形 そうかな。初期の短編には思わず興奮するところがありますよ。

和田 ひと昔前の時代小説には、濡れ場と剣戟の場面を入れなきゃいけなかったんだね。司馬さんは短い中にもちゃんと二つとも入れてたけど、やっぱり嫌だったんだろうと思うな。

山形 亡くなってもう八年半経ったなんて、信じられませんね。司馬さんは、立ち居振る舞いからお書きになるものまで、いつも颯爽(さっそう)としていましたよね。その印象が強くあって、いつまでもお若いというイメージだったので、お身体の苦しみはよくわからなかった。一度、ホテルオークラのロビーを歩いていたときに、「いやあ、僕も年取ったな。前は君みたいに速く歩けたけれど、もう歩けなくなったんだ」ということをポツッともらされたことがありました。私はゆっくり歩いているつもりだったので、びっくりしたんですが。

和田 人前では痛みを見せまいとしていたけど、やっぱりかなり痛かったんですね。あとから考えれば、それは辛かったんだと思う。結局、一切検査を受けなかったんだよね。普通の座骨神経痛だと思ってたのかな。

山形 本当に検査がお嫌いでしたね。

和田 あれだけ痛けりゃ、もっと違う病気じゃないかと疑っても不思議じゃないのにね。あんな明敏な人が、どうして放っておいたんだろう。謎ですね。とにかく格好いい人だったし、人間的にも見事な人だったですよね。

山形 そのとおりですね。怖いくらい。

和田 自分に厳しい人だった。ということは、他人にも厳しい人であるはずなんですけどね。人の欠点がものすごく見えたと思うんだけど、そういうことは表に出さない。だけど、油断しちゃいけないんだ。あの人は自分ばっかりしゃべってたけれど、ずっと観察してたんだよ。

山形 それはつまり、人間好きということでしょう。和田さんの『司馬遼太郎という人』は、そういう点でも見事に生身の司馬さんを捉えた本だと思いますよ。

和田 僕が書いたのは「司馬遼太郎という人」じゃなくて、その前に括弧がついた「(私が見た)司馬遼太郎という人」ですからね。司馬さんの一部分でしかないわけですけど。

山形 でも、その一部分で見事に全体を捉えられている。これを読んで、さらに司馬さんのご本に向かってくれる人が多くなればいいですね。

司馬遼太郎という人
和田宏・著

定価:本体720円+税 発売日:2004年10月20日

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