- 2016.09.03
- 特集
東映の歴史とは、すなわち、成功と蹉跌とが糾う、生き残りの歴史である。――水道橋博士(第3回)
文:水道橋博士 (漫才師)
『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』 (春日太一 著)
ジャンル :
#ノンフィクション
新たなる武器は文中に何度も現れる、(◯◯・談)。
カギ括弧証言の後に付される、この“談”の符号が、突拍子もない逸話への猜疑心を打ち消す護符となり、現代から俯瞰した昔語りのテンポを軽快に作っていく。
証言者は、経営サイド、監督、助監督、プロデューサー、脚本家、殺陣師、記録、そして、製作進行、元企画部長といった縁の下の功労者まで入れ替わり立ち替わる。
映画の世界を描くのに、これほど裏方の名前が頻出するのは稀であるだろう。しかし、特筆すべきは、この聞き書きが、何より「面白い!」ことだ。
(ちなみに、この文庫版では、男だらけの仕事場の紅一点で長く「記録」をつとめた田中美佐江の証言が新たに書き加えられている。)
裏方の面白さは、まず序章から痛感させられる。
「小指のない門番」で語られるのは、全身にくりからもんもんの刺青を背負い、左手の小指がない様相で撮影所に睨みを利かす東映京都の老門番・並河正夫氏。
復員兵から任侠の道に入り、その後、1950年代に若手時代劇スター中村錦之助と懇意になり東映入り。昼は製作進行、夜は錦之助の用心棒をつとめあげ、第一線を退いた後も撮影所で余生を送り、2010年3月、86歳で亡くなった老人の一生が端的に語られる。
「東映はヤクザが門番している!」と山城新伍が吹聴するなど、長く都市伝説的に語られてきた存在である。彼のようなひとがどれほど、映画製作の現場に必要な人材であり、製作進行として有能であったかは、土橋亨監督の『嗚呼!活動屋群像』(開発社)や『映画の奈落~北陸代理戦争事件』(伊藤彰彦・国書刊行会)のなかでも綴られている。
読者の多くが冒頭から、この一章で落涙するだろう。
この本が華々しい表舞台の裏で、無名のままに映画作りに奉仕した裏方たちへの鎮魂歌であり、狂気と侠気と心意気の物語であるという著者の視座が宣言され、いきなりガッチリと掴まれる。
銀幕に輝く大スターは数多の脇役、端役の存在によって精彩を放つのと同じく、映画の光輝とは、見えざる陰の仕事の濃密さによって鮮烈に浮かび上がるものだ。
第4回に続く
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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