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東映の歴史とは、すなわち、成功と蹉跌とが糾う、生き残りの歴史である。――水道橋博士(第3回)

東映の歴史とは、すなわち、成功と蹉跌とが糾う、生き残りの歴史である。――水道橋博士(第3回)

文:水道橋博士 (漫才師)

『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』 (春日太一 著)


ジャンル : #ノンフィクション

 新たなる武器は文中に何度も現れる、(◯◯・談)。

 カギ括弧証言の後に付される、この“談”の符号が、突拍子もない逸話への猜疑心を打ち消す護符となり、現代から俯瞰した昔語りのテンポを軽快に作っていく。

 証言者は、経営サイド、監督、助監督、プロデューサー、脚本家、殺陣師、記録、そして、製作進行、元企画部長といった縁の下の功労者まで入れ替わり立ち替わる。

 映画の世界を描くのに、これほど裏方の名前が頻出するのは稀であるだろう。しかし、特筆すべきは、この聞き書きが、何より「面白い!」ことだ。

(ちなみに、この文庫版では、男だらけの仕事場の紅一点で長く「記録」をつとめた田中美佐江の証言が新たに書き加えられている。)

 

 裏方の面白さは、まず序章から痛感させられる。

「小指のない門番」で語られるのは、全身にくりからもんもんの刺青を背負い、左手の小指がない様相で撮影所に睨みを利かす東映京都の老門番・並河正夫氏。

 復員兵から任侠の道に入り、その後、1950年代に若手時代劇スター中村錦之助と懇意になり東映入り。昼は製作進行、夜は錦之助の用心棒をつとめあげ、第一線を退いた後も撮影所で余生を送り、2010年3月、86歳で亡くなった老人の一生が端的に語られる。

 

「東映はヤクザが門番している!」と山城新伍が吹聴するなど、長く都市伝説的に語られてきた存在である。彼のようなひとがどれほど、映画製作の現場に必要な人材であり、製作進行として有能であったかは、土橋亨監督の『嗚呼!活動屋群像』(開発社)や『映画の奈落~北陸代理戦争事件』(伊藤彰彦・国書刊行会)のなかでも綴られている。

 読者の多くが冒頭から、この一章で落涙するだろう。

 

 この本が華々しい表舞台の裏で、無名のままに映画作りに奉仕した裏方たちへの鎮魂歌であり、狂気と侠気と心意気の物語であるという著者の視座が宣言され、いきなりガッチリと掴まれる。

 銀幕に輝く大スターは数多の脇役、端役の存在によって精彩を放つのと同じく、映画の光輝とは、見えざる陰の仕事の濃密さによって鮮烈に浮かび上がるものだ。

第4回に続く

春日太一(かすがたいち)

春日太一

1977年東京生まれ。時代劇・映画史研究家。日本大学大学院博士後期課程修了。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』(文春文庫)『時代劇は死なず!』(河出文庫)『仁義なき日本沈没』『市川崑と「犬神家の一族」』(以上、新潮新書)など。


水道橋博士(すいどうばしはかせ)

水道橋博士

1962年8月18日生。岡山県倉敷市出身。漫才師。コンビ名・浅草キッド。受賞歴:第4回 みうらじゅん賞。出演番組:『バラいろダンディ』(TOKYO MX)、『総合診療医ドクターG』(NHK)他。著書:『お笑い 男の星座』、『キッドのもと』。水道橋博士名義では『本業』、『博士の異常な健康』など多数あり。最新刊は『藝人春秋』。有料メールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』を月3回配信中。特技:宅地建物取引、漢字検定(2級)他。

 

あかんやつら 東映京都撮影所血風録
春日太一・著

定価:本体1,020円+税 発売日:2016年06月10日

詳しい内容はこちら

鬼才 五社英雄の生涯
春日太一・著

定価:本体920円+税 発売日:2016年08月19日

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天才 勝新太郎
春日太一・著

定価:本体940円+税 発売日:2010年01月20日

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