芯はないけどブレてない
横浜 小説が面白いだけに、これをどう映像で伝えたらいいのかはすごく悩みました。亀岡は強固な芯がない人物ですよね。映画のセオリーとして、主人公の劇的な欲求とか、変化とか思想でストーリーが動くんですけど、亀岡はどれも持ち合わせていない。
戌井 普段の生活の場だったら、亀岡拓次がどういう人間性かは見えやすいと思うんです。でも映画の中でああいう人物を描こうとすると、捉えどころがなくなっちゃうかもしれない。
横浜 戌井さんから見ても、亀岡は芯がないですか?
戌井 ないです(笑)。
横浜 私が映画を作るとき、自分なりに筋が通っている主人公じゃないと撮れないんです。以前撮った『ウルトラミラクルラブストーリー』で、陽人という主人公が地元のおじいちゃんと野菜を投げ合うシーンがあったんですよ。そうしたら「野菜を粗末にするな」という一般の観客の方からの批判が少なからずありました。でも私の中では、陽人にとって野菜はその瞬間単なる食べ物から投げる遊び道具に変わったという筋が通っているからオッケーなんです。そういう意味では亀岡も筋が通っているというか……。
戌井 ブレてない。
横浜 そうなんです。酒を飲むことと寝ることとスケベなことに関しては、亀岡は全然ブレてません(笑)。
戌井 実は亀岡のモデルの一人は、東陽片岡さんなんです。東陽さんって、フラフラしてそうだけど、ブレてはいない。酒飲みでスケベなところも一緒(笑)。
横浜 映画化するときも、一本のストーリーを作るというよりは、亀岡の人間性を抽出するところから脚本作りが始まりました。映画の中で亀岡はいろいろな場所をフラフラするんだけれども、それは亀岡に強い芯があったら成立しなかったかもしれません。
戌井 ちゃんとした人間だったら、あんなにフラフラいろいろな場所に行かないですもんね。
横浜 結局、最後の最後まで、亀岡ってどんな人だろうって考え続けてましたね。それで思い至ったのが、亀岡は動物なんじゃないかと。
戌井 ああ、そうかもしれない。
横浜 動物だから、その都度面白いことに反応できるっていうか。あと原作が一話完結の連作短編になっているじゃないですか。それも映画化する上では難しかったです。原作は、諏訪とかモロッコとか亀岡が行った街が舞台で、そこで起きたエピソードが語られますよね。だから亀岡が街を移動するという意味で、これは旅の映画にできるんじゃないかという予感がありました。
戌井 亀岡がレモ(亀岡の好きな映画の主人公)になりきるシーンがありますよね。足を引きずって。あそこが格好良かったです。
横浜 俳優として、フィクションとノンフィクションの間を自由に行き来する感じを出したくて。それもまた亀岡にとっての旅なのかなと。原作にいっぱいヒントをいただきましたし、小説の形式に脚本は影響を受けたと思います。
戌井 試写を観たときに、湿ってなくていいなとまず思いましたね。なんか外国映画みたいだった。横浜さんが原作の枠の中に映画を収めるんじゃなくて、小説の世界を広げてくれた。末広がりの映画だなって感じました。いろんな映画の現場が出てきますけど、小説で書き入れてないところが何カ所かあって。「あの場面はこんな風に書けばよかったのか」という発見もできました。映画の撮影シーンでは、本職の人も結構出てましたよね。
横浜 本物の映画スタッフに、役者として現場に来てもらったんです。役者として呼ばれると、普段と勝手が違って緊張したみたいですけど。
戌井 そういうところでも、撮影現場の本物感が出てるなあって。
横浜 でも本職のスタッフだけに演じてもらうわけにもいかないので、エキストラの方にセリフを言ってもらったりもしました。例えば山﨑努さんと絡むスクリプターの女性とか。
戌井 えっ、そうなの? すごくいい味出してましたよね。
横浜 山﨑努さんとセリフのやりとりをするんですけど、堂々としていらして。
戌井 山﨑さんをちらっと見る感じとか、本物っぽかったです。
横浜 エキストラの方には、結構無理をお願いしました。細かい演技をしてくださるんだけど、大袈裟すぎるわけでもなく、ほど良いリアリティが生まれました。
戌井 その日は僕も撮影にお邪魔していましたけど、面白い光景でした。映画の中に登場する撮影隊がいて、その後ろに本物の撮影隊がいるみたいな。撮影の見学客役のエキストラの人がたくさんいるんだけど、その向こうには本当に見学に来ている人もいたり。映画内映画なんだけど、どこが境目かわからなくなる。
横浜 やってる私もよくわかっていませんでした(笑)。
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