- 2008.08.20
- 書評
ブーム。そしてブール。
文:古屋 美登里 (英米文学翻訳家)
『リーシーの物語』 (スティーヴン・キング 著/白石朗 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
さらに、「物語を網で引きあげてくる池」を目にしたときは、『スティーヴン・キング小説作法』(池央耿訳 アーティストハウス)へと記憶は飛んで、「小説に関する限り、構想の出どころとなるアイディア集積所も、ストーリー交換局も、埋もれたベストセラーの島もない。これは行ける、という知恵は、ある天気晴朗な日に、何の前触れもなく空から降って湧くものだ」という文章が目の前に現れてくるし、「天から降」るという言葉から、『海辺のカフカ』(村上春樹 新潮文庫)で晴れた日に魚が天から降ってくる場面が蘇り、ついでにキングが交通事故に遭った一九九九年六月に飛んで、人をはねても少しも慌てずに上機嫌でマーゼスのチョコレートを囓(かじ)りながら瀕死のキングを眺めていた男のことを思い出したりもして、大変に忙しい。
こうしてはらはらしながらわたしは、寡婦のリーシーが夫の過去を掬(すく)い、哀れな少年とその家族の魂を救い、そしてリーシー自身の家族を救っていく話を読み終えたのだが、入籠(いれこ)のように収められていた家族の物語のひとつひとつが胸に響いてきて、おちおち眠ることができないでいる。
過去の言葉は新たな言葉を生みだし、増殖してひとつの物質を形作る。それが本書で描かれた世界である。リーシーがこの旅で見いだすのは夫の創作の秘密であり、ふたりの愛情の絆であり、悲しい過去であり、死の意味である。そして読み手のわたしがこの物語を通して見いだすのは、言葉の魔力であり、想像の世界に遊ぶ楽しさであり、時空を超える喜びである。自分だけの物語を作るための装置としてこの物語を読んでもいいのではないかと思いさえした。
訳者あとがきで述べられているように、「倍率をあげながら細部に迫っていくかのような」濃密極まりない描写と緻密な構成に目と心を奪われつつ、「事実は小説より奇なり」とか「想像を超えた世界」といった表現はこの作家には意味のないことだと思った。
キングの想像力は軽々と奇なる現実を超え、人間の想像力の領域を超え、読み手はその「ここを超えた」世界と出合うことになる。
その後、耳の中に鳴り響くのはハンク・ウィリアムズの「ジャンバラヤ」であり、鼻孔に蘇るのは馥郁(ふくいく)たる南国の花の香りである。
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