- 2014.10.02
- 書評
英国推理作家協会賞受賞の大逆転サスペンス
文:橘 明美
『その女アレックス』 (ピエール・ルメートル 著/橘明美 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
作者のピエール・ルメートルは一九五一年パリ生まれ。現代フランスのミステリ界を代表する作家の一人であり、脚本家としても知られている。だが作家としてデビューしたのは遅く、二〇〇六年、五十五歳のときだった(それ以前は成人向け職業教育の場で、主に図書館員を対象に文学を教えていた)。以来、二〇一四年までに七冊の小説を発表しているが、そのほとんどが賞を受け、しかも六冊目のAu revoir là-haut(天国でまた会おう)はゴンクール賞に輝いた。このAu revoir là-haut以外はすべてミステリで、日本では二冊目の『死のドレスを花婿に』(吉田恒雄訳、柏書房)が紹介されている。
ルメートル作品の面白さは、なんといってもストーリー展開の意外性にある。デビュー作のTravail soigné(丁寧な仕事)では終盤で、『死のドレスを花婿に』では第一部から第二部に移ったところで、読者を唖然とさせる展開が待っていた。『その女アレックス』も誘拐事件で幕を開けるが、実は誘拐事件の話ではない。作品中に「モンタージュをさかさまに見たら不意に別の顔になった」という個所があるが、ルメートル作品には常にそんな驚きが仕掛けられている。そうした驚きは小説そのものの切り口にも表れていて、たとえばゴンクール賞を受けたAu revoir là-hautは、第一次世界大戦をテーマにしているにもかかわらず、物語は休戦協定締結のわずか数日前に始まり、その数日を辛くも生き延びた兵士たちの戦後を追う。つまり帰還兵の戦後の生きざまを描くことで、逆に戦争の実態に迫ろうとする試みで、こうした“ひねり”のきかせ方はいかにもルメートルらしい。
また、ルメートルはサスペンスタッチの語りにも定評がある。フランスの文芸評論家のベルナール・ピヴォは、「ルメートルは一つの動作や行為の描写に時間をかけるが、それがなんと衝撃的であることか」と評した。確かに描写が細かく、繰り返しが多いところもあるのだが、それにもかかわらずテンポも緊張感も落ちないのは驚きである。さらに、描写が映画的だという点は本人も認めるところで、「頭のなかに映像が浮かんでいて、それを書いているんだから、当然そうなります」と言っている。つまり映像化しやすい小説でもあり、『その女アレックス』も現在ジェームズ・B・ハリスの手で映画化が進められている。舞台をアメリカに移すという当初の案はルメートルの意向により退けられ、パリで撮影されることになったようだ。またルメートル自身が共同執筆の形で脚本に携わっている。ミステリ作家として、また脚本家として磨かれてきたルメートルの技は、ゴンクール賞の審査でも高く評価され、ジャン・ヴォートランやダニエル・ペナックと並び称されるようになった。
ルメートル作品は登場人物にも工夫があるが、なかでも『その女アレックス』は人物の魅力が際立っている。謎に満ちた美貌の三十歳、アレックスはもちろんのこと、警察側の四人組(カルテット)がいい味を出していて、笑わせてくれるし、泣かせてもくれる。小男の警部カミーユ・ヴェルーヴェン(ミステリ史上最小の犯罪捜査官?)と大男の上司ル・グエンは文字どおりの凸凹コンビだが、カミーユの部下も、ハンサムで金持ちのルイと、みすぼらしい上に“どけち”なアルマンという奇妙な取り合わせである。凸凹具合は異なるとはいえ、まるでダルタニャンと三銃士だと思ったら、なんとルメートルはアレクサンドル・デュマの大ファンだった。なお、カミーユ・ヴェルーヴェンは次の四作品に登場するが、物語はそれぞれに独立している(ただし、SacrificesだけはTravail soignéを読んでいないとわかりにくい部分がある)。
Travail soigné(丁寧な仕事)、長編、二〇〇六年、ルメートルのデビュー作
Alex『その女アレックス』、長編、二〇一一年 本書
Sacrifices(犠牲)、長編、二〇一二年
Rosy et John(ロージーとジョン)、中編、二〇一四年
(「訳者あとがき」より)
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