私は、独立系シンクタンク、日本再建イニシアティブがプロデュースした福島原発事故独立検証委員会(民間事故調=北澤宏一委員長)のプログラム・ディレクターとして調査・検証に加わった。
調べれば調べるほど、福島原発事故が戦後最大の日本の危機だったことを思い知らされ、その危機の本質をさらに追跡したいと思った。
そこで、2012年2月、民間事故調の調査・検証報告書を発表した後、再取材を行い、その年12月、『カウントダウン・メルトダウン』を出版した。
私がここで描こうとしたのは、因果関係の究明というより危機における人間社会の姿だった。
原子力は、その技術をうまく使えなかった場合、許しを請うことのできない、取り返しのつかない技術(unforgiving technology)である。
放射能は、人間社会の最も奥深い恐怖心を掻き立てる物質である。
原発過酷事故は否応なしに国家危機となる。
その戦慄すべき危機の中の個々人と組織の戦いをヒューマン・ストーリーとしてつかみだしたいと思った。
まことに僥倖としか言いようがないが、この本は2013年の大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。審査委員である作家の関川夏央氏は「恐るべき『戦史』」と選評してくださった。
私は背中を押されたような気になり、これからも「フクシマ戦史」を書き続けようと自分に言い聞かせた。
2014年2月、『原発敗戦 危機のリーダーシップとは』(文春新書)を出版した。これは、福島原発事故対応とその背景に潜むガバナンス危機と日本の先の大戦の政策決定過程におけるガバナンス危機との相似性を比較検討した試みである。
2015年2月、民間事故調のワーキング・グループ有志とともに『吉田昌郎の遺言 吉田調書に見る福島原発危機』(日本再建イニシアティブ)を出版した。
これは、先に述べた吉田昌郎所長の聴取記録を手掛かりに、危機の本質を改めて考察し、そこから教訓を引き出す試みである。
これらの作業を通じて、危機を克服し、それを活かすにあたって大切な原則があることを知った。
それは、
検証なくして真実なし。
真実なくして教訓なし。
教訓なくして備えなし。
という原則である。
私たちは、この5年間、フクシマを忘れない、との言葉を何度も聞いてきた。民間事故調の報告書の結語もまた、フクシマを「忘れてはならない」で結ばれている。
私は、この「忘れない」という営為は、この「検証」「真実」「教訓」「備え」のサイクルを廻し続けることで個人と社会が身につけるレジリエンス(復元力)の態勢のことだと思う。
その態勢づくりのささやかな下支えとして『カウントダウン・メルトダウン』の文庫版を出版できたことを嬉しく思う。
この間、吉田昌郎聴取書はじめ重要な証言や記録が公刊されたが、本書は単行本の内容そのままである。「そのまま」ということは、これで完結したとかこれをもって決定版とするといったことではない。新事実にはつねに謙虚に接しなければならないと自分に言い聞かせている。それに新事実は、時に不意に、立ち現れてくる。公表された吉田調書もそれらの新事実の一つである。これからも新発見が出てくることを期待しているし、私も記者の一人として隠れた真実を発掘していきたいと思う。そしてできれば、いずれの日にか、それらをもう一度、おさらいし、「戦史」の新編を書きたいと念じている。
2015年10月5日
(「文庫版あとがき」より)
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