浅田さんの小説の魅力はいくつもあるが、なかでも語りの巧みさに惹かれてファンになった読者は多かろう。わたしもその一人である。新選組三部作の掉尾を飾る本作も、たっぷりと語りを楽しませていただいた。
正直に告白しておけば、三部作第一作目の『壬生義士伝』の連載が週刊文春で始まったとき、失礼ながらわたしは、これは浅田さんの失敗作になるのではないか、と危惧した。吉村貫一郎というほとんど世に知られていない隊士を主人公にして面白い話が書けるはずがない――と早とちりにも思ってしまったのである。
もちろん、凡庸な発想しかもたないわたしの予想はまったくはずれた。非凡な書き手である浅田さんは、吉村貫一郎という知られざる隊士をみごとな義士に仕立てあげた。
――これこそ物書きの力技だ。
そのころ、まだ処女作を書いたばかりだったわたしは、書籍になった『壬生義士伝』の全編を読み終わっていたく感銘を受けた。末尾を読んでいるとき、目が熱く潤んだのをよく覚えている。もちろん、冒頭を読んで感じた印象がまったく的はずれで、目が利かなかった非才を大いに恥じて反省した。そして、よい勉強をさせてもらったとたいへん感謝した。
歴史小説、時代小説は、史実をベースにしていても、あくまでもフィクションである。歴史家は史実がどうであったのか探るのが仕事だが、小説家は記録のない空白部分を想像して書くのが仕事である。その空白にどんな大胆な物語を組み立てられるかが歴史を書く作家の力である。
新選組が好きな方ならよくご承知のように、吉村貫一郎についての逸話は、子母澤寛氏の創作を含めてごくわずかしか伝わっていない。そのわずかな逸話をもとにして、浅田さんは百万人を超える読者の心を震わせる名作を仕立て上げた。その力技にわたしは敬意を抱いている。
歴史の空白部分を書くには、二つの力が必要である。一つは空白を構築して埋める構想力であり、もう一つはその構想をありありと読者に伝える文章力である。
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発売日:2013年10月04日
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