大量に減る不幸もあったが、嬉しいこともあった。東京駅である。
この本を出した頃、東京駅の保存に当のJ Rは否定的で、悪ければ取り壊し、良くても現状(戦後仮復旧状態)維持、と考えていた。ところが保存されたばかりか元の姿に復元された。復元工事が終わって輝きを取り戻した東京駅を眺める人の群れの中に立ち、しかし、気持ちは複雑だった。心底嬉しく思う一方、東京駅一棟しか残せなかったとの悔いも湧いた。“一将功成りて万骨枯る”状態になってしまったからだ。
でも、大銀杏を結い直した横綱・東京駅の皇居に向かっての土俵入りを、建て替えられた周囲の高層ビルが、ガラス窓をパチパチたたいて拍手で迎えているようにも見えて、気を取り直した。私の知る限り、一つの建物の完成にあれほど人出があったことはない。
もう一つ嬉しかったことを、清水慶一のために書いておこう。探偵団活動の終了後、彼は、国立科学博物館に入り、東京をやや離れるが、富岡製糸場の保存のために力を尽くしていた。堀勇良も、文化庁に入り、日本中の西洋館とモダニズム建築の保存行政に携わっていた。
そして二人は、大胆にも、富岡製糸場を国宝に指定し、世界遺産にすることを画した。国宝には至らず重要文化財指定に留まったが、世界遺産のほうは、群馬県と富岡市の“田舎の工場なんか無理ダヨ”の諦め顔を清水の情熱が押し止め、押し返し、ついにこの度、世界遺産に登録されることになった。昭和三十四年、若き日の村松貞次郎が初調査に入って以来五十五年ぶりの快挙である。世界遺産になったのだから、そのうち国宝にもなるだろう。
時は流れ、ことが成った時、功ある人はもういない。
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日本の近代建築に秘められた豊饒な「物語」
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『皇后は闘うことにした』林真理子・著
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