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〈兄弟対談〉『日本橋バビロン』をめぐって。小林信彦 vs. 小林泰彦

〈兄弟対談〉『日本橋バビロン』をめぐって。小林信彦 vs. 小林泰彦

構成:「本の話」編集部

『日本橋バビロン』 (小林信彦 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #小説

職人言葉と商人言葉

――昭和十年一月にお祖父さまがお亡くなりになる。信彦さんが昭和七年生まれ、泰彦さんが十年のお生まれですね。

信彦 亡くなったときぼくは二歳だし、二人とも祖父のことは実際には覚えてないんですよ。祖母のいしは健在でしたけど。マルレーネ・ディートリッヒに似ているっていわれた人なんですよ。

泰彦 〈デートリシ〉、ね。ヒがシになる。きれいな江戸言葉を使う人だった。覚えてるのは、外出から帰ってくると、たとえば「今日の人出はえいとうえいとうでした」とか言うんだ。人出が多くて混み合ってるっていうこと。

信彦 江戸弁っていうと「べらんめえ」と思われるけど、そうじゃない。職人言葉と商人言葉があるんです。職人なら乱暴な言葉も有りだけど、商人は客に、べらんめえ言葉なんか使わない。失礼だし、商品が売れなくなってしまう。

泰彦 うちは両方の要素があったからね。ここで初めて公開しますが、ぼくは誕生日が一月三日ってことになっているけれど、本当は前年末に生まれてるんです。

信彦 店の一番忙しいときに生まれちゃいけないよね(笑)。ちょうど正月の餅を作っているところだ。

泰彦 忙しくて届出が遅くなったのか一月になってるんですよ。だけど、餅つきは面白かったね。うちでは機械で搗(つ)くんですが、この餅つき機が面白いんです。仕事場に入っちゃいけないって言われてたけど、よくそばで見てた覚えがある。この機械は仕掛けがおもしろいだけじゃなくて、音と震動がものすごく、家中ゆれるわけです。

信彦 昔は餅は米屋じゃなくて菓子屋で扱ってたんだ。とくに昭和十五年秋は紀元二千六百年のお祝いで餅が一番必要なときだった。開戦の一年前で翌年には「国民皆労」って言われるのに、そのときは酒ともち米が特別に配給になって五日間休みになった。その頃、街は盛り場っていう雰囲気でもなくなってたけどね。

泰彦 寄席の立花家はなくなっていたね。戦後まであった人形町の末広亭はぼくが通った寄席だ。それから、大きな旅館でナガタヤ旅館ていうのがあった。いまで言うビジネスホテルみたいなものかね。

信彦 商人宿だろうね。古いけど大きい旅館だった。空襲で内側が焼けてコンクリだけ残ってたね。高島屋っていう店もあった。今のデパートの高島屋じゃなくて、舶来洋品店。大きな店じゃなかったけれど、ロンドンから一品だけ輸入しました、なんてものがおいてある。戦前に出版されたサトウハチローの『僕の東京地図』っていう本にも出てくる店ですよ。浅草でエノケンの座付き作家をしていた頃に来てたんだね。

泰彦 おしゃれな店だった。いまでいうセレクトショップだよね。高島屋の息子、中(ナカ)ちゃんていわなかった? 中根のナカちゃん。彼、府立三中(現・両国高校)じゃなかったかな。

信彦 師範附属(東京高等師範附属中学、現・筑波大学附属高校)で先輩だったような気がするな。はっきり覚えていないけど。

泰彦 当時は頭のいい子はみんな三中だったんです。そこから一高へ行くのがエリートコース。

信彦 ぼくよりもはるかに年上だけど高橋義孝と福田恆存が三中で同期、彼らは省線(現在のJR)で通ってた。ぼくも三中に入っていたら、半村良がぼくの同期か一つ下だったはずなんだ。父の考えで、なぜか三中から師範附属に志望が変更になった。三中は両国橋を渡って歩いて行けたんだけど。

泰彦 ぼくは日比谷高校を落ちて、二次募集していた日本橋高校に入った。昔は校庭のない高校というので有名だったんですよ。チャリンコで人形町の末広亭から水天宮の前を通って箱崎まで通学した。帰りは明治座のひと幕見で芝居を観るか末広亭によるので家に帰るのは相当遅くなるわけ。末広亭はそのうちに木戸御免になるくらい通ってました。これ、家族は誰も知らなかったはずだけど。席亭主がいい人だったなあ。

信彦 だから、寄席は、この人のほうがずっと行ってる。戦前戦中、芝居や映画は二人、というか親父に連れられて一緒に行ってたけど。昭和十八年、「姿三四郎」「無法松の一生」も一緒に見てるね。

泰彦 一緒だね。映画も芝居も子供ながらに一所懸命見てたような気がする。

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日本橋バビロン
小林信彦・著

定価:本体571円+税 発売日:2011年09月02日

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