田丸はエロス体験の吸取紙?
田丸 イタリア版の三つの悪徳――バッコ(酒)、タバッコ(煙草)、ヴェーネレ(女)。やめられないもの、依存症になるものね。日本語だと「飲む、打つ、買う」。
米原 「買う」ってのが悲しいね。人間同士の関係になれないのね。
田丸 そうなの、日本語はかっこよくくどく話し言葉に乏しいのも原因ね。まず女はほめないと駄目じゃない。日本人ってほめ下手だよね。特に万里なんかほめ下手だよ。
米原 違うのよ、私はほめたときに効果があるように日頃けなしてるの。
田丸 じゃあこの本をほめて、今(笑)。
米原 すごいのは、全て実話というところ。ジャーナリストや作家だったら、相手は警戒して絶対話さないプライバシーをさらけ出している。通訳って存在としては透明じゃない。いないことになっている存在だから、これだけ話せるんだろうなあ。みんな誰かに話したくてたまらないんだけど、誰にでも話せる話題じゃない。あなた、ちょうどいいのよ。セックスの相手だったらここまで話せないもの。
田丸 ムカツク(笑)。
米原 第二に同国人でないから後腐れがない。異国の人だけど、言葉は一〇〇%通じる。身近にいて、一緒に食事をしたり買い物をしたり、とにかく日常生活の面倒を見てくれて、通訳するためなんだけど、自分のことを懸命に理解しようとしている。これほど、身の下話を打ち明けるのに理想的な相手はいないものね。
でもね、私はいろんなロシア人の通訳をしてきて小咄という形で男女の話はタップリ聞かされたけど、自分の体験をこんなに話してくれた人は一人もいない。ところが、田丸は吸取紙みたいに次々にイタリア男たちのエロス体験を聞き出してるんだよね。
田丸 イタリア男は日本の主婦みたいに話好きだもの。
米原 田丸がロシア語の通訳だったら、きっとロシア男たちからも聞き出したんだと思うわ。ホントに不思議で仕方ないの、どうしてここまでいろんな人たちから恥ずかしい話を聞き出せたのか。
最後に注文。イタリア男について日本人が思い描く像を、もっと裏切っても良かったんじゃない。ほら、女漁りばかりしてた男が、半身不随になった奥さんを立ち直らせた話とか、ああいう話がもっと読みたい。それから、田丸自身の貧しい学生時代の話がとても良かった。逆照射するように全体を引き立てていて心打たれた。こういう自伝的な部分はもっともっと書いてほしい。
田丸 あのころみんな貧乏だったもんね。
米原 当時の光景が浮かんでくるんだよね。基本的に生真面目なんだね、田丸は。
田丸 ストイックだからね。万里よりはるかに。
――田丸さんて、根は真面目で、だけど話はくだけて、やんちゃな男も全部受け入れてくれる感じですよね。
田丸 いざ寝るとなるとノウハウはもってないから。パニクる。
米原 でも読者とは、寝なくていいわけだから。
田丸 そういう男性読者にどんどん読んでほしいわ。
米原 いや、これ、女の人も読むと思う。男性のサンプル集だもの。
シモネッタのデカメロン
発売日:2008年06月20日