書評

のんびり行くのも悪くない

文: 酒井 充子 (映画監督)

『のろのろ歩け』 (中島京子 著)

「時間の向こうの一週間」のイーミンはかっこいい。外灘(バンド)の夜景が見えるレストランや旧フランス租界、M50を案内してくれるイーミンはかっこいいのだ。でも、それは上海の街がかっこいいからというだけのこと。

 旅の始まりは恋の始まりに似ているかもしれない。普段の生活から離れて、異国の地に立ったときの高揚感は、だれかを好きになるときの気持ちに通じるものがある。旅先で、どんな街に出合うのか、どんなことが起きるのか。「街」を「人」に、「出合う」を「出会う」に変えると、そのまま恋になる。

 上海での新しい生活のスタートと、イーミンとの出会いが同時だった亜矢子が、時間の向こうに行くのは簡単だった。ちょっぴりうらやましい気もした。

 夫の転勤で上海の高級サービスアパートメントにやってきた亜矢子がイヤな女にならないのは、キャラクター設定によるところが大きい。亜矢子は日本人向けマンションに抵抗を感じ、酔っぱらって、夫に「かえた。ねる」というメールを送ってしまうかわいらしさを備えている。そして、公園の貼り紙の「低調(中国語でおとなしいとかひかえめの意味)」を「ていちょうの何がそんなにいいのか」、「長相漂亮(中国語で美人の意味)」を「ちょうそうひょうりょう。長くてヒラヒラしている感じ」とおもしろがり、挙句の果て、自分の広告を出すことを想像し「短婚、月薪無」としてしまい、少しうしろめたい思いになる。「明日は何をする予定なのか」と訊かれ、夫には「一人でどこかに行くわ」と答え、イーミンには「まだ何も決めてない」と答える大胆さとのバランスが絶妙だ。

 夢のような向こう側の時間が終わり、亜矢子は眼を覚ます。ここからの亜矢子が見事だ。イーミンにちゃんと別れを言いに行き、はなむけの言葉まで贈った。もうだれにも手伝ってもらう必要はない。自分でアパートメントを探すのだ。亜矢子の潔さに乾杯。

 主人公三人のうち、自分の意志でそこにいるのは台湾の美雨だけで、あとのふたりは外的な理由によるものだ。美雨にしても自分で決めた旅とはいえ、亡くなった母の言葉に導かれてのことだった。

 考えてみれば、海外に行ったりいたりする人たちが、みな確固たる目的を持ってそうしているのかと言えば、決してそうではないだろう。むしろ、仕事や家庭の事情、友人や恋人の言いなりでなんとなくといったような、自分の意志とは関係ないことのほうが多いのかもしれない。

 三人の女性を見ていると、どうしてそこに行くのか、いるのかよりも、そこで何をするのかが大切だとわかる。

 二泊三日の台湾の旅を終えた美雨、二週間前のことがすでに過去のことになってしまっている相変わらず多忙な夏美、“自分の人生をよりよく、楽しみのあるものに立て直すことができる”アパートメントを探す亜矢子。彼女たちはこれから先、どんなふうに歩んでいくのだろう。のろのろ歩いていくとも思えないが、時々、歩みを緩めてのんびり行くのも悪くないに違いない。翻って自身を考える。「のんびり行けや」と言ってみる。

のろのろ歩け
中島京子・著

定価:本体600円+税 発売日:2015年03月10日

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