きみは赤ちゃん

第2回 つわり

文: 川上 未映子

 ところで、子どものころによく読んだ絵本とか、物語の中に、はっきりとした病気じゃないんだけど寝たきりになっているおばあさん、みたいな人ってよく登場したように思いませんか。わたしは、あのおばあさんたちのおかれた状態がどういうものなのか、当然かもしれないけれど、よくわかっていなかった。そう。歩けなくなる、とか、起きあがれなくなる、とか、食べられなくなる、とか。いわゆる老衰と呼ばれるものなんだろうけれど、そういう状態が、いったいどういう状態なのか、想像したこともなかったのだと思う。

 でも、つわりの状態に長くいて、来る日も来る日も天井とか壁とかカーテンをぼんやり眺めていると「ああ、あれは、こういうことだったのかもしれないなあ」と、ふと、理解できるような気がした。意識はまだはっきりしてるのに、からだがぜんぜん動かない。食べたいのに、食べられない。腰はちょっとした床ずれを起こしていて、姿勢をかえるのもままならない。そしてただただ、気持ちが冴えなくて、どんどん気が弱くなっていって、コミュニケイションといえば、もう、ちょっと笑う、とかしか、できないんだよね。そして、あと20年もたたないでやってくるはずの更年期障害っていうのも、きっと、こういう系統のしんどさなんだろうな、とも思った。

 女の人は、それこそ小学生の頃から<からだ>というものを、主体的にも、あるいは客体的としても意識せざるをえない宿命にあるけれど、それはこうやってずうっとつづいてきたし、これからもつづいていくんだな、とぼんやり思った。そして、こういった種類のしんどさは、やっぱり体験してみるまではわからないものなのだ、とも。

 つわりのしんどさをつうじて、わたしは更年期障害や、老衰、というものを垣間見たような気がしたけれど、でも本当のそれらはきっともっと違うしんどさに満ちているんだろうと思う。でも、このからだの変化をつうじて、いくつかしんみり理解できたこともあるような気もする

 ひとつは、「人のしんどさ」っていうのは、からだで起きている以上、当人にしかわからないものなんだなっていうあたりまえのこと。

 しかし、それを経験したことがあれば、思いやりをもって接することができるはずだということ。

 横たわりながら、吐きながら、あべちゃんにお願いして買ってきてもらったすいかをひとくち食べて、やっぱりそれも吐きながら、そんなことを考えていた。そして、しんどさとはべつに、やっぱり未来にむかって明るく光ってみせるものが自分のからだに起きている、ということを思えば、不思議なもので、じわじわちからが湧いてもくるのだった。この時期をお互いにのりこえよう、母はけっこうまじで限界近いけど、でも無事に大きくなあれ、とおなかの赤ん坊に呼びかけたいのだけど、まだあまりに実感がないので面映く、おなかに手をのせて、念じるだけで精一杯なのだった。

きみは赤ちゃん
川上未映子・著

定価:本体1,300円+税 発売日:2014年07月09日

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