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“2018年本屋大賞発掘部門「超発掘本!」” 多重文体+B級事件。折原一の作風を決定づけた記念碑的傑作が復活!

“2018年本屋大賞発掘部門「超発掘本!」” 多重文体+B級事件。折原一の作風を決定づけた記念碑的傑作が復活!

文:小池 啓介 (書評ライター)

『異人たちの館』 (折原一 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 主たるものを列挙すると、遭難者のモノローグ、島崎潤一がまとめていく小松原淳の年譜、淳の関係者へのインタビュー、淳が書いた短編小説が挙げられる(短編「きもだめし」および「Mの犯罪」は、前者が「肝だめし」のタイトルで「小説新潮」一九九〇年一〇月号に、後者が同じく一九九一年一〇月号に、それぞれ雑誌掲載された作品をほぼそのまま挿入している)。これらが地の文とほとんど同列に配されて、作品世界をつくり上げるわけだ。さらに要所で登場するものとして、歌詞、新聞記事、談話、新聞広告、雑誌記事、不幸の手紙(ハガキ)、学級新聞、告別式での弔辞、婚姻届、遺書が存在する。一個の作品内に二桁を超える量のテキストが散りばめられているのである。筆者が本稿の最初にパッチワークという単語を作中より抜き出したのは、多重文体によるところが大きい。もちろん、折原も自覚的にこの言葉を物語の最初に記しているはずだ。

 異なるテキストによって構成された、あたかも迷宮のような佇まいは、不確かさに満ちている。それによってひとりの人間の姿が浮かび上がったとしても、それは果たして実体と呼べるのだろうか?

 多重文体とともに本書のイメージを決定づける要素が、過去に実際に起こった事件との関連性だ。実話から着想を得る創作法は、現在の折原の作家活動の主軸となっている。

 折原がはじめてこのタイプの作品を手掛けたのは、本書の前年に刊行された『仮面劇』(現・文春文庫。改訂され『毒殺者』と改題)だ。一九八六年に起こったトリカブト保険金殺人事件が下敷きになっていて、折原本人も文春文庫版のあとがきで「先駆け的な作品」と述べている。『異人たちの館』では、複数の実在する事件が扱われる。一九八九年の大雪山SOS遭難事件、一九八八年から翌年にかけて発生した幼女連続殺人事件のふたつである。また、“神童”小松原淳の新人賞受賞のエピソードも、実際の出来事がもとになっていることを付け加えておこう。

 社会性の強い事件を小説のモデルにする場合、関わった人間たちの心理の追究が目的となることが多いが、折原のアプローチ方法は違う。ターゲットとするのは、自身が「B級事件」と呼ぶ、発端はセンセーショナルだが顛末や真相が腰砕けになるような犯罪、出来事の数々だ。折原は、そこに新たな真相を与え、誰も考えつかない小説に転換してしまうのである。ここには、読み手の先入観が崩れ、現実との接点が失われていく感覚が生まれる。

 このふたつの技法に加え、折原作品にしばしば顔を見せるモチーフが、一冊のなかで一挙に現れる点も見逃せない。夜、闇の醸し出す不安の感覚。ゴーストライターや作家志望の人間が心の奥底に秘める怨嗟。誘拐、監視、尾行、失踪といった人間の起こす常軌を逸した行動。アパート、森などの閉鎖された空間。そして、現在に忍び寄る過去の記憶――この盛り込みようはどうだろうか。よくもまあと思わずため息が漏れてしまう。

【次ページ】

文春文庫
異人たちの館
折原一

定価:1,320円(税込)発売日:2016年11月10日

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