- 2018.04.04
- 書評
“2018年本屋大賞発掘部門「超発掘本!」” 多重文体+B級事件。折原一の作風を決定づけた記念碑的傑作が復活!
文:小池 啓介 (書評ライター)
『異人たちの館』 (折原一 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
過去の謎に向き合っていたかと思ったら、それが突如として目下の現実に牙を剥く。過去と現在の境目があっけなく崩れていく本書の強烈なサスペンスは、折原一の真骨頂だ。そのなかでも、童謡「赤い靴」の歌詞とともに物語世界に立ち現れる大男――“異人”には、圧倒的な存在感がある。
作者の代表作のひとつであるとともに国産ミステリー小説屈指の傑作という評価だけでも事足りそうなのだが、それだけではない。現在の目から見た本書の最大の特徴は、折原の新旧の作品群を彩る様々な要素が一冊に凝縮されている点にある。
いまでこそ、叙述に工夫を凝らして読み手を欺くサスペンスの書き手という世評が定着した折原一だが、前述したようにデビュー作は密室ミステリーであった。『異人たちの館』以前は、『倒錯の死角(アングル)』(一九八八年。現・講談社文庫)や江戸川乱歩賞の最終候補となった『倒錯のロンド』(一九八九年。現・講談社文庫)などの“叙述トリック”ものを発表しながら、『死の変奏曲』(一九九一年。現・講談社文庫。『黒衣の女』と改題)のようなホラー色の濃いサスペンスも手掛ける。同時に、『五つの棺』にも登場するシリーズ名探偵・黒星警部が不可解な事件に挑む、横溝正史やエラリー・クイーンの古典作品へのオマージュに満ちたユーモアミステリーをコンスタントに書き継いでいた。一九八九年には鉄道ミステリー『白鳥は虚空に叫ぶ』(現・光文社文庫。『「白鳥」の殺人』と改題)を刊行している。
このように複数の路線を並走させていた書き手が、自身の作風を明確に定めたターニングポイントとなった作品が『異人たちの館』といえるのだ。
本書で折原が行ったのは、取捨選択だ。デビュー以来模索してきたさまざまなミステリーの手法のなかから、その時点で選んだすべてを詰め込んでいるのである。なおこの点を、講談社文庫版の解説を担当した川出正樹は「第一期折原一の集大成であると同時に」「第二期折原一の出発点でもある。」と評している。
ここからは、“選ばれた要素”について個別に取り上げてみたい。
まずは「多重文体」と呼ばれる、後の作品にも多用される手法について。作中作など、“地の文”以外のテキストを物語に挿入する構成は、デビュー時から折原が得意としてきたものであるが、本書に投入されたテキストの総量はそれらとは比べものにならない。
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