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“2018年本屋大賞発掘部門「超発掘本!」” 多重文体+B級事件。折原一の作風を決定づけた記念碑的傑作が復活!

“2018年本屋大賞発掘部門「超発掘本!」” 多重文体+B級事件。折原一の作風を決定づけた記念碑的傑作が復活!

文:小池 啓介 (書評ライター)

『異人たちの館』 (折原一 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 冒頭に書いたように、富士の樹海で白骨が見つかる場面から物語の幕は上がる。遺体発見の直前には、枯れ木によって地面に「HELP」の文字が組み立てられているのが見つかっており、死んだ遭難者の救助信号ではないかと考えられていた。さらに付近の洞穴から、小松原淳という二〇代の若者の運転免許証が発見されるのだ。

 小松原淳は前年の秋に消息を絶っていた。白骨は淳のものなのか? 淳の母親である宝石店経営者の妙子は、息子の生涯を一冊の自費出版本にまとめることを決心する。その死を思ってのことではなく、彼の生還を信じ、生きて戻った息子に贈るために。

 小松原淳の“伝記”をまとめる仕事を代行するのが、フリーライターの島崎潤一である。彼が、物語の主人公といっていいだろう。かつて純文学とミステリーの新人賞をそれぞれ受賞したものの、著作を出すことはできないまま、雑誌記事やゴーストライターの仕事で糊口をしのぐ日々を送る男だ。知り合いの編集者を通じて、小松原妙子からの執筆の依頼を引き受けた島崎は、東京都駒込にある庭園・六義園の近くに建つ古びた煉瓦造りの洋館を訪れ、そのなかの淳の部屋を拠点に、取材を開始する。

 失踪した小松原淳は、小学三年生のときに童話の文学賞を受賞していた。いわば早熟の天才だったのである。けれども、その才能は今に至るも世に出てはいなかった。島崎は自分と似た境遇の青年に共感を覚えながら、資料をもとに年譜を制作し、関係者へのインタビューを行うことで、男の過去へ遡行していく。

 島崎が淳の生涯を深く掘り下げるにつれ、幼い頃に誘拐事件に巻き込まれていたり、父親が知らぬ間に失踪していたりと、異様な事態があまりにも多く起こっていることが明らかになってくる。さらにそれらの出来事には、必ずといっていいほど背の高い不審な男が絡んでいるようなのだ。

 当初は金に目がくらんで引き受けた仕事だったが、島崎は青年の数奇な人生を取材する行為に次第にのめり込んでいく。それに加えて、洋館で出会った淳の妹を名乗る小松原ユキに魅了され、これも小松原家に入り浸る大きな理由となるのである。

 ところが、やがて資料の中にあった過去に起きた数々の事件と謎が、現在の現実にある時間を侵食していく。島崎がユキを連れて取材で訪れた吉祥寺の墓地で、ふたりは“背の高い男”を目撃するのだ。あの男が、過去から現在に甦ってきたのだろうか?

【次ページ】

文春文庫
異人たちの館
折原一

定価:1,320円(税込)発売日:2016年11月10日

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