- 2012.10.19
- 書評
担当編集者が語るノーベル賞受賞 山中伸弥教授の素顔
文:池延 朋子 (ノンフィクション局編集者)
『「大発見」の思考法』 (山中伸弥・著 益川敏英・著) /『生命の未来を変えた男 山中伸弥・iPS細胞革命』 (NHKスペシャル取材班・編著)
ジャンル :
#ノンフィクション
10月8日、50歳の若さでノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥さん。もっとiPS細胞や山中さんについて知りたい人にお薦めなのが『「大発見」の思考法』(文春新書)です。この本はノーベル物理学賞受賞者の益川敏英先生との共著。日本が誇る知性による「世紀のノーベル賞対談本」です。 そう聞くとなんだか難しそうですが、読者の方々からは「文句なしの面白さ」「読むだけで脳が興奮する!」との声が続々届いています。TVで見る顔とは違う、リラックスした普段のお茶目な山中さんが見られます。対談当日も、超多忙の身にもかかわらず「お忙しいところ、ありがとうございます」と謙虚な姿勢と誠実な人柄に、みなすっかり山中ファンになってしまいました。「世紀の大発見」はどのようにして生まれるのか? 日常の勉強法から脳の不思議さ、奥深さ、生命の神秘まで、世界の頂点を極めた科学者同士だからこそ、ここまで語り尽くすことができました。
アルコールランプでこたつが火の海 実験に熱中した子ども時代
東大阪市でミシンの部品を作る工場を営む一家に生まれた山中さん。工場は「父の頃には工場とも呼べないような小さなもの」で、母親も家業を手伝っていたため「ほったらかしで育った」(山中さん)といいます。生涯で塾に通ったのは小学生のときに1カ月だけ。国語が苦手で、今も研究所のスタッフから「先生、漢字の書き順がおかしいです」と指摘されることがあるそうです。
山中 家は工場の隣にあって、幼い頃からいつも機械に囲まれて生活していました。理科の実験も大好きで、子供向けの科学雑誌をよく買ってもらっていました。何年生の時だったか忘れましたけど、家のこたつでアルコールランプの実験を夢中でやっているうちにランプをひっくり返してしまい、こたつの上が火の海になって、母から大目玉を喰らったことがあります(笑)。
そんな好奇心は今も健在。山中さんは、科学者に必要なのは、「びっくりできる感受性」だと言います。予想外の実験結果が出たときに、がっかりせずにそれを心から面白がれるかどうか、「むしろ予想通りではないところに、とても面白いことが潜んでいるのが科学」だと語る山中さんは、普段から学生にこんな声をかけているそうです。
「野球では打率3割は大打者だけど、研究では仮説の1割が的中すればたいしたもんや」「ごちゃごちゃ考えんと実験やってみい」
中身で勝負するだけでは世界に勝てない。アメリカ留学で開眼
ノーベル賞受賞後、中学高校と山中さんと同級生だった自民党の世耕弘成参議院議員が、「どこであんな話術を身につけたのか。高校のときはあんな感じではなかった」と驚いていましたが、実は、その秘密も『「大発見」の思考法』で明かしてくれています。
もともと「自分は発表が下手やなぁ」と思っていた山中さんは、アメリカ留学で「みんなプレゼンが上手や。やっぱり俺は損してるな」とますます強く感じるようになり、車で30分ほど離れたキャンパスで週2回プレゼンのゼミに参加するようになりました。そこで身ぶり手ぶりまで鋭く批評されることで「目から鱗が落ちる思い」がしたそうです。
山中 「アメリカの研究者は、若い頃からこういう体験を通して、自分をどうやってアピールすればいいか体で覚えるんだな。中身で勝負するだけじゃ、世界との競争には勝てない」と、実感させられました。(中略)当たり前のことが、できんのです。それを何度も何度も叩き込まれました。
帰国後、iPS細胞研究の始まりの場となった奈良先端大の公募に応募したとき、アメリカのプレゼンのゼミで教わった「あること」に気を付けたことで採用してもらえたと語る山中さんは、プレゼン力を身につけることで「人生も変わった」と振り返ります。
挫折や回り道を経験したからこそ、iPS細胞に出会えた
本書の中で、山中さんは、自らの挫折や「うつ状態」の体験も率直に語ってくれています。人生には目標に向かってまっすぐ突き進む「直線型の人生」と、途中で方向転換したり回り道したりしながら進む「回旋型の人生」の2種類がある、というのが山中さんの自説。
山中 はたから見たら、僕の人生は、遠回りで非効率に見えるかもしれませんし、無駄なことばかりやっているように思えるかもしれません。もっと合理的な生き方が出来たんじゃないの? と思われるかもしれませんが、そうやって回り道したからこそ今の自分があるんじゃないかと思います。
この他にも、科学と神、自然や脳の奥深さ、生命の神秘についての最先端の科学者ならではの熱い議論は必読です。iPS細胞のつくりだす未来について、山中さんはこのように語っています。
山中 iPS細胞を人の役に立てたいという気持ちは非常に強く持っています。私は臨床医としてはぜんぜん人の役に立ちませんでした。だから死ぬまでに、医者らしいことをしたいのです。
私に「医者になれ」と熱心に勧めてくれた父は、私が研修医2年目のときに病気で亡くなりました。どんどん症状が悪くなって手の施しようがなくなってしまったのですが、父は、私に点滴をしてもらって、ニコニコしながら死んでいったのです。息子が医者になったことが嬉しくて誇らしくてたまらない、というように……。
「あの世で親父と会う時、顔向けできない」なんてことがないように、残りの人生で自分に出来る限りの力と情熱を注ぎ込みたいと思っています。
鼎談 山中伸弥×立花隆×国谷裕子
そして、もう1冊、山中さんを取材し、iPS細胞のすべてを徹底解剖した本が『生命の未来を変えた男 山中伸弥・iPS細胞革命』(NHKスペシャル取材班)です。
NHKは、科学を専門とする記者、報道番組のディレクターからなる取材チームを結成、iPS細胞を徹底解剖し、その世界を紐解く番組を制作してきました。
2010年9月に放映され、大きな反響を呼んだ「NHKスペシャル」を軸に、記者・ディレクターたちが世界中の研究現場を駆け巡り、番組では惜しくも放映できなかった膨大な情報も加えて充実した1冊になっています。
「クローズアップ現代」のキャスターで、山中さんが世界で初めてiPS細胞を開発したときから取材を重ねてきた国谷裕子アナウンサー、自らもがんを発症してなお、生命の謎を追い続けている「知の巨人」立花隆さんによる山中さんへの鼎談インタビュー、松本零士さんによるコミックも収録されています。
カラーで見るiPS細胞や白と黒の入り混じった「キメラマウス」(マウスとラットが混じったもの)の写真は、誰の目にもiPS細胞の持つ可能性の大きさがわかりやすく、衝撃的です。
iPS細胞は生命のタイムマシン
立花隆さんは「iPS細胞の発見はタイムマシンを発見したことと同じことだ」とそのインパクトを評しています。4つの遺伝子を注入する、という「誰でも、どこででもできる」(山中さん)技術で細胞が初期化されるということは、大きな驚きでした。今回同時受賞したイギリスのジョン・ガードン博士の研究についても、山中さん自身の言葉でわかりやすく説明してくれています。 山中さんも「細胞のタイムマシンという概念は以前からありましたが、それが本当に手に入ったというのは、本当にすごいと思います。逆に、どうして今まで誰も見つけなかったのかな、というのが正直な気持ちです」と語っています。
iPS細胞の持つ倫理的課題
もともと山中さんはES細胞の持つ倫理問題を回避するためにiPS細胞の研究に着手しました。しかし、iPS細胞の開発が画期的なものであったからこそ、今、まったく新しい倫理問題が出現しています。
山中 アメリカの場合は体外受精という方法で、デザイナーズベビーといって、ノーベル賞や超一流のスポーツ選手の精子を売買しているところもあります。ただ、デザイナーズベビーなら精子をもらわないとできないんですが、iPS細胞だと、髪の毛1本からできることもあります。この間、日本のグループが、採血した血液から作ることに成功しました。そうなってくると、血液なんて健康診断を受けても採血するわけですから、勝手にiPS細胞が作られるという可能性を今から考えておかないとダメです。しかし、そういうことを踏まえたうえで、今不妊症で苦しんでいる人がものすごくいるのは事実で、そこは研究するべきだと思います。
科学者としての良心を基礎に難病治療に挑む
山中 肝臓が専門の消化器のドクターが私の研究室に大学院生としてやってきて、彼が何の研究をするかという時に、じゃあ肝臓の細胞からiPS細胞を作ろうということになったんです。ネズミの肝臓から持ってきたiPS細胞が出来て、それを移植して子どもを産ませたら、全身がその肝臓から作ったiPS細胞由来のネズミが生まれた。で、これを見たときにだんだん怖くなってきて。もともと肝臓とか胃の細胞だった細胞から、全身その細胞でできたマウスが目の前にいるわけです。ちょっと、こんなことして良いのかな、と。で、それを作っていた技術員の女性に、「あなた、人類が誰もやったことのないことをしてるんだよ、肝臓の細胞から新しい生命を作り出したんだよ」って思わず言ったんです。
医師として、科学者としての良心を胸に、研究を続ける山中さん。iPS細胞による医療革命、難病解明から倫理問題まで、iPS細胞が映し出す生命の未来とは──。山中伸弥が起こした「革命」について深く理解することが出来る1冊です。
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