インタビューほか

ラヴかヘイトか、賛否二分の問題小説!
『二十五の瞳』とは何だったのか
樋口毅宏(作家)×新井見枝香(三省堂書店有楽町店)

「本の話」編集部

『二十五の瞳』 (樋口毅宏 著)

震災後に東京を逃れ、立ち寄った小豆島で生まれた物語。著者・樋口さんにとっても思い入れの強い本作が文庫化されたことを記念して、樋口さん、そして盟友にして三省堂書店の名物書店員でもある新井見枝香さんに対談をしていただきました。デビュー時に度肝を抜かれて以来樋口さんを応援し続けているという新井さんは、果たしてどんな感想を口にするのか……?

さらけ出した瞬間、読者から信用してもらえる

新井 樋口さんはいつも本の最後にスペシャルサンクスを入れるでしょう。

樋口 参考文献の開示ですね。僕は文学にヒップホップの方法論を持ち込んでやってるから、これを基に創作しましたというのを明らかにせずにはいられないんですよ。明らかにパクっているのに、黙ってやってる人が許せないのもある。僕は元ネタ露出狂(笑)。

新井 今回もあとがきで「何かしらを感じて頂けた方は、小豆島に足を運ぶのはもちろんのこと、この本の大きな下敷きとなった『わたしの渡世日記』(高峰秀子)、『二十四の瞳』(壺井栄)、尾崎放哉の一生を描いた『海も暮れきる』(吉村昭)とどうぞ読み比べて下さい」って。

樋口 そうそう。本当に、僕の本より百倍以上素晴らしいから。いやもっとか。「樋口さんの『二十五の瞳』の後に、そちらも読みました!」って言われるのがいちばん嬉しい。生涯、ファン気質だから。

新井 でも、やっぱり私は、樋口さんの次の作品を待ってしまう。樋口さんがのめりこんで、自分のなかに取り込んで咀嚼して、そうやって書かれた樋口さんの作品がまた読みたいと思ってしまう。樋口さんの書くものは、全力で書かれてるからこんなにすごいと思うんだと思うの。うまいんだけど、余力があるなっていう小説にはやっぱり本気になれない。

樋口 ありがとう。でも僕もほんとそう思う。たとえば、全盛期の江川が130キロ台で投げているとするじゃない。そんな試合、見てられないでしょう。才能のない俺がこんなに血を吐く思いでやってるんだから、おまえも死ぬ気でやれって、すべての作家に声を大にして言いたい。俺に言われたくないか! 

新井 最近、他の人が書いたもので、これは血を吐いてるって思ったもの、何かある?

樋口 村田沙耶香ですよ! もうここ三年ぐらいずっと言ってるけど、いまは村田沙耶香時代だよ! それぐらい断言したい。『タダイマトビラ』からはもう……ちょっと待ってくださいね。正しく伝わる言葉を考えます。えーっと……頭がおかしいですね。

新井 ああ、そうですね(笑)。

樋口 頭がおかしいっていうのは僕にとって最上の褒め言葉。憧れるけど、僕はそこまでできないから。自分にできるのは……突き詰めると、「本当」を書きたい。それはもう、自分が十代だったときから四十過ぎた今でも、映画でも音楽でも絵でも、マンガでも小説でも、「本当」が描かれてるものに突き動かされてきた人間なので。もちろんひとによって「本当」は違うけど。

新井 樋口さんの言ってること、すごくわかる。樋口さんの作品読んでカチンときたり、わあって思う人が多いっていうのは、それだけ樋口さんの作品が本気で、引っ掛かりが多いってことなんですよね。最近はスルッと読めるよう、引っ掛かりがないように書かれたものが多いから。それはもちろん読む人のことを考えた結果なんだとは思うんだけど。

樋口 でもそれは読者の顔色をうかがっているということでしょ。

新井 そういうところもあるでしょうね。だってすごく勇気のいることだから。でもだからこそ、読者としては、さらけ出してくれた瞬間、そこから作家を信用する。読者って、自分たちのことを思って書かれるとちょっと興ざめだと思ってしまうところがあるんですよね。

樋口 そう、「こういうのが好きなんでしょ?」って、わかった顔で差し出されたくない。

新井 村田沙耶香さんなんて、ああいうものを書くことで、読者にも身近な人たちにもなんて恐ろしい女なんだと思われることになると思うんですよ。

樋口 思われるよ!

新井 私も正直、初めてお会いするとき恐ろしかったもん。友達になるなんてありえないと思ったし。でも、村田さんの中にはやらずにはいられないものがあるんでしょう。あれを読んだら、もう信用せざるを得ないですよね。私は少年アヤちゃんもすごく好きなんだけど、なんで好きかっていうと、「自分のために書いた」って言い切ってるからなんですよ。だから誰かの感想というものに影響されない。私たちのほうを見ずにどんどん先に行く人に、私は惹かれる。樋口さんのことが好きなのも、そういうところがあるからだと思う。

樋口 ありがとうございます。もちろん一方で、エンターテインメントに徹してるものも好きなんですけどね。映画だって、たとえばハリウッド大作を馬鹿にする人がいるけどとんでもない話で、あんなに広く遠くに飛ばそうとしてる人たちって、他にいないんじゃないかと思う。

新井 徹底していればね。あと、どんなに腹を括った作家だって、書くもの全部傑作というわけにはいかない。そういうときに書店員としてどう売るかというのはジレンマ。ずっと好きで応援してきた作家さんの新作がそんなに良くなかったとき、それでも応援したいけど、これがその作家さんに出会う、最初の一冊になる読者のことを考えるとためらってしまう。作家さんや出版社にも時間や予算、いろんな事情があるとは思うのだけれど……。

樋口 俺も、いち受け手だったときから感じてた。こんなレベルで出すならもっと待ったのに! って。好きなミュージシャンのニューアルバムがそういうものだったときはほんと切ない。初めて聴くひとがこれ聴いたら「なんだこの程度か」って思われるなんて。

 だから自分もそうはなるまい、と。でも残念ながら、作品を十作以上出して、その全部が時代を変えた傑作、名作、代表作だった人はいない。本人は「前作を乗り越えた!」って思うんだけど……僕だって『二十五の瞳』は最高傑作だと思ってる。でもひとによってはそうじゃないって思うだろうし……。

新井 でも樋口さんがさっき言った、作家が無傷で書いてないもの、それは読者にちゃんと伝わるから。私も、ああこれは血流して書かれたものだって思ったら声を張り上げて売りたいし、そういうのってちゃんと売れるんですよ。だからこの本もきっと届くはず、読者に。

二十五の瞳
樋口毅宏・著

定価:本体600円+税 発売日:2014年10月10日

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