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長年伴走した編集者が語る、北原作品の魅力と愛すべきお人柄

長年伴走した編集者が語る、北原作品の魅力と愛すべきお人柄

文:鈴木 文彦 (元編集者)

『初しぐれ』 (北原亞以子 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

「海の音」は、イギリス船フェートン号事件異聞の体を成している。長崎会所唐物目利で一代年寄になった荻島忠兵衛の視点で描かれている。文化三年に新任の長崎奉行になった松平図書頭康英は、忠兵衛の祖父が幼い頃の命の恩人だったという。そんな康英の人柄に、忠兵衛は忠義を尽くそうとするが、事件の責任をとって奉行松平康英は切腹する。失意の忠兵衛を救うお楓が気丈で、北原さん好みの娘である。

 さていよいよ標題作の「初しぐれ」である。オール讀物平成二十三年十二月号の〔短篇小説館〕と謳われた江戸市井小説で、北原さんお得意のちょっと複雑な家族構成が抱えるそれぞれの想いを丁寧にすくい取っている。

 三十七歳で亭主三枡屋楠太郎に先立たれたおこうが主人公。四十九日を済ませ十日経った。七代つづいた糸物問屋の暖簾(のれん)を守るために亡姉の替わりを懇願され、相思相愛の相手と破談した過去があった。亡姉が残した清太郎も立派に成長した。両親から頼まれた役目は無事につとめ終えて肩の荷が下りた。次におこうがとった行動は?

 おこうの側からの描写で進み、ラストで亡夫楠太郎の思っていたこと、元許婚者(いいなずけ)だった市之助の思いを清太郎の口から言わせ、客観性をもたせて巧みな小説に仕上げている。短編の見本のような出来栄えである。

 オール讀物平成二十四年六月号に掲載された「老梅」は「総力特集江戸のおんな」の括りがつけられている。丙午(ひのえうま)に生まれた女は夫を殺すと迷信にいわれ、二度もそういう目にあったおたか。縁起の悪い女と言われた半生だが、このまましぼんではたまらない、はなやかな噂の一つや二つはたてて「幸せだった」と笑ってあの世へ行きたいのだ、この年老いた梅のように、もう一度花を咲かせたい――。

 執筆時は平成二十四年三月末から四月初めにかけてだろう。翌年三月十二日に急逝されたことを思えば、心が痛む短編である。

 

 最後に北原亞以子さんのハンサム好きに触れておこう。「父の戦地」の父上はお洒落でハンサムだったそうである。父恋しを原点として、その系譜は土方歳三、トロイ・ドナヒューときて、阪神タイガースの藤村富美男になる。あまりに夢中で話すので、顔が整っているなら巨人の川上哲治でしょう、と茶々を入れると、何言ってるのよ、とこれまで見せたことがないえらい剣幕で藤村の男振りを強調するのであった。

 そんな話を仲良しの時代小説作家杉本章子さんを交えて話したことがある。杉本さんも男優で将来スターになる若手をいち早く見つける才能が私にはあると威張り、二人で○○は良い、××は良いと言い合っていた。きっと天上でもつづいていることだろう。

初しぐれ
北原亞以子・著

定価:本体700円+税 発売日:2016年06月10日

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