- 2015.05.07
- 書評
奥泉光のスタイリッシュなユーモアミステリ
文:有栖川 有栖 (ミステリ作家)
『黄色い水着の謎 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活2』 (奥泉光 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
いきなり核心を突く発言を。――「笑いって一種のアイロニーなんですね。対象からちょっと距離を置いて、少しだけ高いところ、斜め上ぐらいの位置から眺める視点を設定すると、そこにアイロニーが生じて、笑いが生まれるわけです」。その際に「対象を包み込むような愛情と、肯定するという態度」が大事で、ただ嘲笑するのは「ユーモアとは言えないでしょう」。
奥泉さんのユーモアに対する基本的な思想・姿勢はこれで言い尽くされている感もある。本書に登場するのは、クワコーを筆頭に文芸部の女の子たちも、名探偵役をはたすジンジンも、教授・大学関係者たちもみんな「それではダメだろう」というところを晒す人間ばかりだ。作者は彼らを少し斜め上から眺めて、「ダメだわ」と描くのだが、その根底に愛情と肯定が感じられる。平たく言えば、「まあ、人間なんて別の形でみんなダメだけれどな。人間だからな」に逢着する大らかさ。
そんな愛情と肯定が最も端的に、美しく表現されているのは表題作のラストシーンだ。その一文を読んだ瞬間、私は手にした紙面から思いがけないほど明るく健康的な光が放たれたような気がした。
いつの頃からか「上から目線」という俗語をよく耳にするようになったが、あれは卑しいばかりで、無知の発露か劣等感の裏返しなのが哀しい。奥泉さんが措定する「少し斜め上から」のまなざしは、他者を笑った後、すかさず自分自身に転じられるものだ。自分を笑うまでが遠足、いやユーモアである。
対談中、表題のとおり私たちは、お気に入りのユーモアミステリ・ベストテンを選出して互いに披露した。ご参考までに、ここに再掲してみる。
奥泉選=『ブラウン神父の童心』(G・K・チェスタトン)、『金曜日ラビは寝坊した』(ハリイ・ケメルマン)、『ジーヴズの事件簿』(P・G・ウッドハウス)、『死者との対話』(レジナルド・ヒル)、『黒後家蜘蛛の会』シリーズ(アイザック・アシモフ)
有栖川選=『亜愛一郎の狼狽』(泡坂妻夫)、『メルトン先生の犯罪学演習』(ヘンリ・セシル)、『百万ドルをとり返せ!』(ジェフリー・アーチャー)、『スイート・ホーム殺人事件』(クレイグ・ライス)、『大誘拐』(天藤真)
ミステリ要素を欠くので挙げなかったが、両者が愛読するユーモア小説はジェローム・K・ジェロームの『ボートの三人男』。それぞれについてご紹介する紙幅はないので、ご興味のある方は書店で手に取ってみていただきたい(品切れの本があったらご容赦を)。
私は「ユーモアというものの基本は自由にあると思っているんです」「(ユーモアとは)人の心が自由であるときに生まれてくる非常に生き生きしたもの」と考え、それは権力のような大きなものと戦う力になり、「自由と、知性と、この二つがユーモアには必要なんじゃないか」と語った。自由と知性がユーモアの成分と言い換えてもよい。後者を持たないから人間以外の動物は冗談を交わして笑わないのだ。
また、前記のベストテン選びにあたって――ユーモア小説は(特に昨今の日本において)キャラクターが面白い、テンポやリズムが面白い、ノリが面白い、ということで人気を博することが多いように思うが、それはそれでいいとして、「緻密に構築された笑い」は少ないので、「作者が知恵を絞って、ずいぶん凝ったことして笑わせてくれたなあという作品」を選んだことを明かした。「自由」と「構築」。この二つは、クワコーシリーズの根幹に関わってくる。
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。