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奥泉光のスタイリッシュなユーモアミステリ

奥泉光のスタイリッシュなユーモアミステリ

文:有栖川 有栖 (ミステリ作家)

『黄色い水着の謎 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活2』 (奥泉光 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 自分ならではの独創的なスタイルも「他のスタイルとの連続性なしに生まれるとは思えず、すでにあるスタイルの枠のなかで『自由』な表現が求められたときに枠そのものを変質させる形で実現するものに違いない」と考えた奥泉さんは、少しずつ違ったスタイルを採用して技術を磨きながら次々に傑作をものしていく。早くからその中にミステリも含まれていた。

 クワコーシリーズに引き寄せて書くと、奥泉さんはミステリというスタイルの枠内で自由を得ることで、枠そのものを変質させている。まず明々白々なことを指摘するならば――桑潟幸一ってこのミステリ作品において何なの? 名探偵役が神野仁美であることは論を俟(ま)たない。作中人物たちはジンジンをそのように扱っているし、現に彼女が謎を解く。主人公であるクワコーは、そのアシスタント(シャーロック・ホームズものにおけるワトソン役)なのかというと、完全にそれ未満の存在である。被害者になることが多いものの、それがお約束の役割と固定されているわけでもない。とても曖昧なポジションにいながら、ちゃっかり主人公の座に着いて、タイトルに名を冠されるキャラクター。こういう人、空前(絶後とは言い切れないが)です。ミステリ作家の常識からは生まれない。どの話もクワコーを焦点として語られるから、ミステリとしての面白さがよく出ている、という意味で主人公の資格は充分にあり、興味深いキャラクターと言うしかない。

 事件の真相にも独特のテイストがある。「ミステリって殺伐としているから嫌い」「殺人事件の話は怖い。人が死なない〈日常の謎〉なら読むんだけどな。謎が解けると、人間の温かさが判るようなのは好き」という読者は少なくない。他方、「愛憎の果ての殺人、限りない欲望が招いた殺人を描くことで、極限の心理や人間存在の暗い真実が見えてくるのだ」と考える読者もいるだろう。クワコーシリーズは、いずれでもない。

 最後に暴かれるのは、いじらしいまでの人間の小ささである。誇張されているようで、実にリアルな情けなさ。それは、公金横領や許されざる不倫などの秘密が露呈することを恐れ、ついには殺人に走ってしまう犯人を描いた一連の松本清張作品と比肩していいほどにリアルだ。そのリアルさがまた可笑しい。

「謎が解けてみたら、人間って本当はみんな優しくてよい人。語り手と探偵は特によい人って結末、もういいっすよ。ミステリの形で丸め込まれると、かえって疲れる」――というひねくれた読者でも、クワコーシリーズには共感できるのではないだろうか。よい人でなくても、情けなくても、人間だから色々あるわけで、ドンマイ。

 そんなスタイルを編み出したこのシリーズは、まさにスタイリッシュである。

『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』に収められたのは春の物語、『黄色い水着の謎』は夏の物語だった。筆者が仄聞(そくぶん)したところによると、奥泉さんはこの秋、冬の物語を書くおつもりがあるらしい。またクワコーやジンジンたちに会えるのだな、と思うだけで、心の中にほんのりと暖かな陽が射すようだ。

文春文庫
黄色い水着の謎
桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活2
奥泉光

定価:715円(税込)発売日:2015年04月10日

文春文庫
桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活
奥泉光

定価:792円(税込)発売日:2013年11月08日

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