2015.05.07 書評

奥泉光のスタイリッシュなユーモアミステリ

文: 有栖川 有栖 (ミステリ作家)

『黄色い水着の謎 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活2』 (奥泉光 著)

 ダメダメな准教授、クワコーこと桑潟幸一を主人公にしたシリーズ第三作だが、本書から読み始めてもまったく支障はない。

『黄色い水着の謎』というタイトルから、ガストン・ルルー(『オペラ座の怪人』の作者でもあるフランス人作家)の『黄色い部屋の謎』という名作ミステリを連想した方もいらっしゃるだろう。本作もミステリなのだが、不可解な密室殺人を扱った『黄色い部屋』とまったく趣を異にするユーモアミステリである。ユーモアやらミステリやらと聞いてもことさら心惹かれない、という方であっても、小説好きならば大いに楽しめること請け合いだ。

 この小文に目を通しているあなたは、もう本編をお読みになっただろうか? これから読む? ネタばらしはしないのでどちらでもよいが、これだけは言っておく(喧嘩を売っているみたいなフレーズですが)。本書は、再読再々読に耐える小説である。楽しい気分になりたかったら、何度でもページを開くといい。「一回読んだら展開も結末も知ってしまうしなぁ」「面白いギャグも繰り返し笑うのは無理」と思うなかれ。文章が構築した佇(たたず)まいや在り様の可笑しさは消えないから、ノープロブレム。私は、再読しながら何度も笑った。

 さて、本題に入る。

 クワコーが読者の前に初めてお目見えした作品は、本格ミステリ・マスターズという叢書の一冊『モーダルな事象 桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活』という諧謔に富みながらもなかなか難解な長編で、この作中でクワコーは大阪府下の敷島学園麗華女子短期大学(レータン)という残念な短大で日本近代文学を講じていた。第二作『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』からは、千葉県下のたらちね国際大学という、レータンと甲乙ならぬ丙丁つけがたい残念な大学に籍を移すのだが――ユーモアミステリとしてのスタイルが確立したのは第二作からなので、本作が実質シリーズ第二作と見ることもできる。

 たらちね大の文芸部の面々や周囲の教授たちに振り回され、へんてこな事件に巻き込まれるクワコー。その真相解明に文芸部員たちが探偵団と化して挑み、キャンパス内の段ボールハウスに住むホームレス女子大生・ジンジンこと神野仁美が快刀乱麻を断つように謎を解く。ドタバタ喜劇のおかしさでミステリの興趣をくるんだ形になっているが、その味わいは独特なものだ。

 ユーモアミステリというと、ミステリ史上に残るほど売れまくった東川篤哉の『謎解きはディナーのあとで』シリーズ(執事の影山が事件の話を聞いただけで謎を解くガチガチの本格ミステリでもある)の印象が昨今は強いかもしれないが、様々なタイプがある。本作が単行本として上梓される前に、私は「オール讀物」誌上で奥泉さんと「ユーモアミステリ・べストテン」という対談をした。クワコーシリーズについても話が弾み、奥泉さんから興味深い発言がたくさん飛び出したので、その対談を引用しながら書き進めたい。

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黄色い水着の謎 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活2
奥泉光・著

定価:本体650円+税 発売日:2015年04月10日

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