刑事、私立探偵から占い師まで、さまざまな職業・性格の女性探偵を生み出してきた柴田よしきの新作『神の狩人――2031探偵物語』には、西暦二○三一年という近未来の女性私立探偵が登場する。
植野サラは二○世紀末ぎりぎりにニューヨークで生まれたものの、物心がついた頃には二一世紀だったため、前世紀に関する実感は持っていない。東京で私立探偵事務所を経営する彼女のもとには、夫が他の女と通じているという妻の疑惑、全く食べ物を受け付けなくなるドラッグの謎……等々、さまざまな依頼が持ち込まれる。
二○三一年といえば、この小説の作者も読者も健在の可能性が高い近未来である。極端に現状と乖離した描写があるとリアリティを失うが、かといって現在の人間の想像力が及ばない状況が生まれている可能性も大いにあるため、数百年後の未来を描くよりも遥かに難度が高い筈だが、著者は随所にポピュラーなSF的ガジェットを取り入れつつ、基本的には既にある社会的問題が数十年後にはどう変化しているかという発想によって、リアリティのある(というか、ありすぎて怖い)近未来を造型することに成功した。最初の段階で近未来社会の全貌を説明し尽くしてしまうのではなく、物語の進展とともに少しずつ明かしてゆくあたりが巧妙だ。
現在と作中の時代との違いは、ヒロインの職業のありかたにも及ぶ。二○世紀日本の私立探偵は無認可制で、法的保護がない代わりに、どんな組織に牛耳られることもなかった。しかし、二○三一年の私立探偵は、民間探偵認可制度のお蔭で調査権には恵まれているけれども、その調査について政府に報告しなくてはならないため、時として政府や警察といった体制側に利用されることもある。そんな状況で、サラは事件の関係者たちの生と死に関わるとともに、自分が生まれついた時代そのものとも向かい合わなければならない。
収録された五つの短篇は、それぞれが完全に独立しているわけではない。二話目「悪魔」以降、サラはある組織と関わることになり、その過程で彼女自身の過去も明かされてゆく。本書の段階では、組織の全貌はまだ朧げにしか見えてこない。しかし、今後サラをめぐる物語が書き続けられるならば、それは希望と絶望の戦いになるであろうことは間違いない。
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