- 2017.06.08
- 書評
各巻ごとに趣向を凝らす大ヒット異世界ファンタジー最新作。シリーズと筆者の歩みをおさらい!
文:大森 望 (翻訳家・書評家)
『空棺の烏』 (阿部智里 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
主人公は、ある目的を持って乗り込んできた雪哉はじめ、勁草院に入学した新入生たち。田舎育ちで庶民階級出身の山烏、茂丸。あらゆる武術で天才的な腕をみせる千早。若宮の母の実家である西家の御曹司・明留(第一作に登場した西家の姫、真赭の薄の弟)。彼ら個性豊かな少年たちの友情と成長を軸に、苛酷なサバイバルと冒険が描かれる。
若宮の兄・長束をふたたび日嗣の御子に推そうとする南家の御曹司・公近のグループとの激しい対立、貴族階級出身の宮烏と庶民階級出身の山烏の身分格差、教授陣の理不尽なえこひいき。若宮の即位が延期されるという予想外の事態に、情勢はさらに緊迫する。若宮ははたして真の金烏(八咫烏を統べる超越的な存在)なのか?
読みどころのひとつは、盤上訓練(実戦を模した一種の戦争ゲーム)におけるスリリングな駆け引きや意表をつく作戦。《ハリー・ポッター》の架空球技クィディッチ以上の迫力で、丁々発止の戦いが活写される。こういうディテールのおもしろさで小説をひっぱりながら、金烏の継承をめぐる大きな物語をそこにからめていく手腕は堂々たるもの。
それにしても、どうしていきなり学園ものなのか? と思ったら、著者はもともと、小学生のとき《ハリー・ポッター》に夢中になったのがきっかけで作家を目指したのだとか。その意味では、本書こそ原点回帰の一冊だとも言える。「WEB本の雑誌」のロングインタビュー(「作家の読書道」第176回)では、そのへんの背景が詳しく語られているので、興味のある方はぜひ現物を読んでいただきたい。かいつまんで紹介すると、著者がはじめて『ハリー・ポッターと賢者の石』に触れたのは小学校二年生のとき。母親の読み聞かせだったが、待ちきれずに途中から自分で読みはじめ、長い時間をかけて読み終えて余韻に浸っているころ、第二作『ハリー・ポッターと秘密の部屋』が発売になる。早く読みたいと学校から全速力で走って帰ってきた娘を見て、母親が発したひと言が、「そんなに本が好きなら、作家になればいいじゃない」だった。著者いわく、
〈その時にはじめて作家という職業があることを知りました。自分が今まで遊びでやっていたことがお仕事になって、それでご飯が食べられるんだって知った瞬間、「これだ!」って思ったんです。以来私はそれ一本で、それ以外の仕事に就きたいと思ったことは一回もなくここまで来ました〉
その後、荻原規子《空色勾玉》三部作、上橋菜穂子《守り人》、小野不由美《十二国記》などを読んで、西洋型異世界ファンタジーから東洋型異世界ファンタジーに転向。中学生の頃からライトノベルの新人賞に応募しはじめたという。
そして二〇〇八年、高校二年生のとき、日本人である自分は日本を舞台に書くのがいいだろうという答えにたどりつき、そこから生まれたのが、《八咫烏》シリーズの原点となる『玉依姫(たまよりひめ)』の物語だった。“山内”という世界が誕生したのもそのときのこと。「本の話WEB」の「自著を語る」にいわく、
〈書いている最中、神様の住まう異界を表現する用語が必要になり、出来た言葉が『山内』であった。/山の中だから山内でいいや、という安直極まりない理由で出来た言葉だったのに、タイピングした途端、まるで宝石の鉱脈でも掘り当てたかのような気分になったのだ。/思えばその時こそが、デビュー作以来、現在まで続く八咫烏シリーズが物語としての輪郭を顕わにした瞬間だった〉
こうして書き上げた『玉依姫』を、著者は二〇〇九年の第16回松本清張賞に応募する。なぜ松本清張賞だったかと言えば、開校記念式典のゲストとしてやってきて講演したOGが、たまたま文藝春秋の編集者だったから。講演会のあと、若き阿部智里が押しかけて、「私は作家になりたいけれども、どうしたらいいかわからない」と訴えたところ、彼女は親身になって相談に乗り、「本当にやる気があるのなら、松本清張賞に応募しなさい」とアドバイスしてくれたのだという。
その助言にしたがって応募された『玉依姫』は、応募総数四一〇編の中から二次選考を突破した八編に残り、著者は作家の道を目指しつづける手応えを得る。ちなみにこの回の受賞は、牧村一人『アダマースの饗宴』(文春文庫版で『六本木デッドヒート』と改題)。他の最終候補には、本城雅人の『ノーバディノウズ』や、二〇一六年に『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞した三好昌子の名前もある。
ともあれ、この『玉依姫』が出発点となって《八咫烏》シリーズが誕生し、八年後の二〇一六年七月、その作品を大幅に改稿した新たな『玉依姫』がシリーズ第五作として刊行された。またしてもたいへんなサプライズが待ち受けているが、それは読んでのお楽しみ。シリーズ全体にとっては、この作品が五番目に置かれたことが非常にいいアクセントになっているのはまちがいないし、高校生のときから阿部智里のストーリーテリングの力が本物だったことも確認できる。
シリーズの長編は、いまのところ以上の五作だが、それに加えて、〈外伝〉と銘打つ短編が二編発表されている。〈オール讀物〉二〇一六年七月号掲載の「しのぶひと」は、真赭の薄に縁談が舞い込む話。〈オール讀物〉二〇一七年一月号掲載の「ふゆきにおもう」では、北家の二の姫にあたる冬木の恋の顛末が描かれる。シリーズ読者にとって見逃せないエピソードというだけでなく、短編としての完成度も高く、作品集の刊行が待たれる。
そして、二〇一七年の夏に刊行される第六作『弥栄(いやさか)の烏』で、いよいよシリーズ第一部が完結する予定だという。いったいどんな結末が待っているのか、《八咫烏》ファンのひとりとしていまからドキドキしている。