「阿部さんはちょーっと待って下さい。この後、少し残って頂けますか?」
にこやかな担当編集氏にそう言われたのは、2月某日、文藝春秋本館1階のサロンにて外部の方との打ち合わせが一段落したタイミングであった。
「いい話し合いが出来ましたね」「はっはっは、今後ともよろしくお願いします」と和やかに会話が終了し、さてコートを羽織って一緒に会社を出ましょうか、とお客さんと立ち上がりかけた瞬間のことだった。
いわゆる居残りである。
お客さんをロビーまで見送りながら、私は戦々恐々としていた。
先生から「残れ」と言われてしまった小学生のような心持ちで席に戻った私に対し、いつもの笑顔で担当編集氏は切り出した。
「『烏に単は似合わない』のコミカライズ、いよいよクライマックスですね」
私は一瞬にして警戒心を忘れた。コミカライズの話は大好きなのだ。
「そうなんですよ! こないだの見ました? めちゃくちゃ気持ち悪くて最高でしたよね」
「私もすばらしかったと思います! 原作も一緒に盛り上げていきたいですよね」
「ですよねー! 頑張って原稿書きます」
「我々も精一杯サポートします! ところで阿部さん、最近、原作サイドであまり動きがないと思いませんか?」
「ああ、そうですよね。最新の短編も去年ですし」
「コミカライズは本当に素晴らしいのですが、原作はどうなっているのだろうと楽しみにお待ち頂いている読者さんもいらっしゃるわけでして」
「大変長らくお待ち頂いている皆さんには本当に申し訳なく……」
「ツイッターの『八咫烏の壺』では限界がありますし、阿部さんはお元気だろうかと心配されている方もいらっしゃると思うんです」
「あ、はい」
「本来ならばそういったタイムスケジュールも含めて我々も考えていたのですが、予定が少し変わってしまったので、何か他の方法を考えないといけません」
「へい。まったくおっしゃる通りで……」
決して私を責めることなく、しかし悩まし気にため息をつく編集さんを前にして、私は冷や汗だらだらとなっていた。
本来ならば、八咫烏シリーズ第2部第1巻『楽園の烏』はとっくに発売されているはずである。ツイッターに上げた発売延期の謝罪文を半泣きで書いた記憶は未だに新しい。
原稿を落としたのは他でもない、この私だ。
「そこで、阿部さんには『楽園の烏』の原稿の息抜きにコラムを書いて頂けないでしょうか」
「コラム?」
「ブログとか、SNSのようなイメージで」
「SNS」
「内容は何でも構いません。八咫烏シリーズに関する小話や、原稿の進捗状況、執筆秘話など面白いかもしれませんね。でもまあ、最近食べて美味しかったものとかでもいいですよ」
「生存報告みたいなもんですか?」
「ぶっちゃけて言うとそういう感じです。阿部さんには、“本来であれば必要のない”お手数をおかけしてしまい、大変に申し訳ないのですが……」
心底すまなそうに眉根を寄せる編集さんに対し、私の出せる答えは一つだけだ。
「喜んで書かせて頂きます」
とまあ、そんな感じでコラムを始めることになりました。あくまで『楽園の烏』の息抜きですので、コラムを書いたからと言って本業の原稿に差し障りは(幸か不幸か)全くないのでご安心下さい。
読者さんにとって有益な情報はほとんどない、一作家が優秀な編集さん達の手のひらの上でコロコロするだけの日常与太話ですが、もしよろしければお付き合い頂ければ幸いです。
阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。現在は「八咫烏シリーズ」第2部『楽園の烏』を執筆中。
公式Twitter
https://twitter.com/yatagarasu_abc
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