本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
“浪花節”が光るスター研究者の人生

“浪花節”が光るスター研究者の人生

文:山内 昌之 ,文:片山 杜秀 ,文:成毛 眞

『ネアンデルタール人は私たちと交配した』 (スヴァンテ・ペーボ 著/野中香方子 訳)

出典 : #文藝春秋
ジャンル : #ノンフィクション

片山 ネアンデルタール人は、現生人類、つまりホモ・サピエンスとは交わらずに絶滅したとされてきました。本書は題名通り、両者が交配していたという、従来の常識を覆す驚きの研究成果が示されています。

 著者である生物学者のペーボは、古代のDNAを復元するという困難な研究に取り組み、長年の試行錯誤の末、新技術を用いてネアンデルタール人の骨からDNAを取り出すことに成功しました。さらにそのDNAが、私たちホモ・サピエンスに数%共有されているという事実まで突き止めた。その過程を追った科学書でありながら、研究者の成功までを人間味たっぷりに描く古き良き筆致の自伝として楽しめます。

山内 古生物学という地味な分野ですが、宇宙開発に置き換えれば月面着陸に比肩する偉業だという表現がされていますね。そんな大発見をしながら著者の人生が変わっていくんですが、変化の随所に“浪花節”が現れるのが魅力です。

 例えば著者は、ベリストロームというノーベル賞を受賞した科学者の婚外子だったのですが、ネアンデルタール人のプロジェクトが最終段階に入る時期、著者は病に侵されます。そこで治療法を探しているうち、自分の命を救った薬に父の論文が関わっていることを知る。その偶然によって交流の少なかった父に思いを馳せながら、自分も子供にプロジェクトをしっかり最後まで見守らせるため「今死ぬわけにはいかないのだ」と奮い立つシーンなど読ませますよ。

成毛 ペーボの研究者としての歩みは『ニューヨーク・タイムズ』も評価していますね。これまで恐竜のDNAを発見したとか、琥珀の中に虫のDNAを見つけたとか、大々的に発表された話の大半がデタラメだった中、ペーボだけが馬鹿真面目に遺伝学研究をやっていて、彼は“考古学的遺伝子学の始祖”になると評されています。この分野ではヒーローです。その彼が凄いのは、ネアンデルタール人のDNAを調査している過程でデニソワ人という新たな人類まで発見してしまうんですね。デニソワ人については、昨年7月、カリフォルニア大のラスムス・ニールセン教授が『ネイチャー』誌に「チベット人が酸素濃度の低い高地生活に適応しているのはデニソワ人との異種交配の結果である可能性が高い」という論文を発表して世界的に注目を集めたのですが、本書を読んでそのバックグラウンドが非常に良くわかりました。

ラボのシャンパンで乾杯

山内 文系学者としては、自然科学者の生態が垣間見えたのも面白かった。文系なら世紀の大発見をしたら徹夜も止むなし、資料まみれになりながらそのまま一直線で突っ込んで研究すると思いますが、ペーボたちは違う。まず、ラボの冷蔵庫からシャンパンを取り出して祝福の乾杯をしてその日は終わり(笑)。研究が佳境に入ってもグループ全員にクリスマス休暇まで与える。結局はスキーをしながらネアンデルタール人のDNA配列について考えていたそうですが。

 さらに痛感させられたのは、小保方氏の研究がいかに杜撰だったかということ。研究結果を二重にも三重にも慎重かつ客観的にチェックして、発表する場合にも厳密に説明し尽くせる分量をしっかり与えてくれる研究雑誌媒体を慎重に選ぶ。だから、『ネイチャー』や『サイエンス』には寄稿しません。その過程が丁寧に記述されています。

片山 小保方さんの事件もそうですが、現在の自然科学の最先端は細分化・専門化しすぎて、一般常識からかけ離れたほとんど異界のイメージがあるのですが、著者は、いったん考古学者を志した異色の経歴のせいか、同業者たちとは一線を画した教養人らしさを醸しています。

成毛 本書にも登場するPCR法というDNAを増幅するための手法の発明でノーベル賞を受賞した生化学者、キャリー・マリス博士は、LSDとコカインでラリっている時にPCR法を閃いたという噂があるくらいです(笑)。著者のテーマは、荒っぽい人たちが開拓してきた分子生物学の分野と、地味な古生物学が混じり合う特異な分野だったのでしょうね。

息子はネアンデルタール人?

山内 彼は「クレイジーな疑問」だと前置きしていますが、もし現代人が皆、ネアンデルタール人のゲノムを1~4%持っているのなら、高頻度でネアンデルタール人のDNAを持つ人間が生まれて、社会から見下されることにならないか、と指摘しているのは面白いですね。さらに、ペーボの息子が手に負えないのはネアンデルタール人のDNAが多く集まったからではないかと心配までしている。そんな言い方をしたら、ネアンデルタール人に対する名誉毀損が成立するのではないかという、つまらないことまで考えてしまいました(笑)。

片山 こういう牧歌的なことも書いているあたりは、著者がスウェーデンで生まれてドイツで研究してきたという経歴が影響しているのかもしれませんね。アメリカの生き馬の目を抜くような科学者とは異質なヨーロッパの薫りがします。

山内 彼が本書の中で唯一説いていないのはホモ・サピエンスとネアンデルタール人がどのように交配していたかという問題です。やはり一般世間が関心を持つのは、「どうして交配が可能なのか」ということ。しかし本書では、どこで行ったか、体位はどうだったのかなど、交配の具体性には触れられていない。つまり『アサヒ芸能』的なところがないんだ(笑)。当たり前ですが、彼もやはり学者なんですね。

単行本
ネアンデルタール人は私たちと交配した
スヴァンテ・ペーボ 野中香方子

定価:1,925円(税込)発売日:2015年06月27日

電子書籍
ネアンデルタール人は私たちと交配した
スヴァンテ・ペーボ 野中香方子訳

発売日:2015年06月27日

こちらもおすすめ
プレゼント
  • 『踏切の幽霊』高野和明・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2022/11/25~2022/12/02
    賞品 『踏切の幽霊』高野和明・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る