すべてはゲノムが教えてくれる――ウイルスとワクチンに関する最先端の知見をわかりやすく解説
- 2022.03.23
- ためし読み
2020年以降の世界は、それ以前とまったく違う姿になってしまいました。皆さんが実感され、ご存知のとおりの世界です。ウイルス感染症という目に見えない脅威に怯え、外に出るときは必ずマスクをして、毎日の生活や明日の社会に不安を覚えながら生きることが日常となりました。
その間、新型コロナウイルス感染症から人の命と健康を守るべく、政府が司令塔となってさまざまな対策が講じられてきました。人々の日常生活の自由は制限され、自粛要請により生活の糧を失った方々も少なくありません。
対策の多くはウイルスから社会を防衛するためには必要なことでした。しかし、純粋に科学的な見地に立ってみれば、まったく的を射ていなかったり、首をひねらざるをえないような施策もありました。その一々は第3章で指摘しますが、感染拡大初期にPCR検査の実施を制限したのはその最たる例です。2021年末にオミクロン型変異ウイルスが世界的に感染拡大したことで、ようやく無償でPCR検査が受けられるようになりましたが、早い段階でそのように検査対象者を制限しない大規模なPCR検査を実施していれば、命を落とす人の数はもっと少なかったはずです。
私は1980年代の中頃から40年近く、ゲノムの研究に身を投じてきました。ゲノムとは生物やウイルスの設計図です。ゲノムやその一部である遺伝子を調べることで、病気の原因を突き止め、治療法を開発することができます。
研究は想定どおりに進まないことが多いのですが、幸い、いくつかの研究は実を結び、私が発見した遺伝子のマーカー(目印)は、病気に関係する遺伝子研究の歴史を画期的に変えました。それまでは不明だった遺伝性の病気やがんの原因が次々と明らかになっていったのです。その発見は医療以外の分野にも応用されています。今日、科学捜査もののドラマや映画でお馴染みとなったDNA鑑定の基礎は私の研究を応用したものです。
今世紀に入りゲノム解析にかかる時間と費用は驚異的に小さくなりました。詳しくは本文に譲りますが、2000年ごろと比較して費用も時間も100万分の1です。結果、ゲノム研究もこの20年間で目覚ましい発展を遂げました。遺伝子の違いを解明することで、前世紀には分からなかったことが分かるようになっています。ゲノムはさまざまなことを教えてくれるのです。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、私たちの生活は日々ウソか本当かわからない情報の洪水に晒されてきました。テレビやインターネット上のメディアには、コロナ、変異ウイルス、PCR、ゲノム解析、スパイクタンパク質、アミノ酸変異、ワクチン、mRNA、免疫などなどの専門用語と、さまざまな意見が飛び交いました。科学の基礎的な知識のないふつうの人たちには、禅問答にしか聞こえなかったのではないでしょうか。
禅問答にしか聞こえない数々の専門用語は、実はすべて「ゲノム」でつながっています。ウイルス感染症とはウイルスとヒト(生物)の物語であり、ゲノムはウイルスや生物の設計図なのですから、当然のことです。
ゲノムという視点から目を向けると、靄がかかってその姿がよく分からなかったそれぞれの言葉の意味するところが少しはクリアになるはずだ――そう考えて本書を綴りました。
新型コロナウイルス感染症とはいったい何なのか。感染症から私たちを守るワクチンの正体はどんな姿をしているのか――。ぜひ、私と一緒に、ゲノムの声に耳を傾けてください。
(「はじめに」より)
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