2013.07.23 書評

なぜ妻から「離縁状」を突きつけられたのか

文: 山内 昌之

『小沢一郎 淋しき家族の肖像』 (松田賢弥 著)

まつだけんや/1954年岩手県生まれ。業界紙記者を経てジャーナリストに。週刊誌・月刊誌を主な舞台に小沢一郎を20年にわたり取材、2012年には妻・和子からの「離縁状」を『週刊文春』誌上でスクープした。

 息子の門出を誇らしげに見つめる幸福そうな夫婦の写真である。江田島の海上自衛隊幹部候補生学校の卒業式に出席した小沢一郎氏と和子夫人は、その後に二人を見舞う運命の転変を知っていたのだろうか。

 カバーの写真を静かに眺めていると、二人の満足感とともに疲労感も心なしか伝わってくる。

 小沢氏は息子を自衛隊に入れた数少ない保守政治家であり、若手の時には「ボソボソッとしか話さないで、あとはムッツリしているんだが、やることはちゃあんとやってくる」と評価された人物である。和子さんのほうは、選挙区で塩や味噌、醤油から鉛筆一本と帳面一冊まで後援会の商店で買うことを義母から学んだ。早朝五時に起きて三陸沿岸を回り、地盤を支えてきた議員夫人の鑑(かがみ)のような女性なのだ。本書は、政治家なら誰でも分かる選挙のむずかしさ、有権者との付き合い方を地道に会得しながら、夫の留守を支えた聡明な女性の心が離れた謎を解き明かす。そこには、小沢氏の隠された女性や子どもの存在が影を落としている。公私ともに人びとの関心を集める政治家はつらい職業といえよう。

 地方で育った小沢氏は盤石の支持を全国のどの議員よりも獲得しながら、何故に旧選挙区三陸の震災で被害を受けた人びとや仮設住宅の弔問や慰問に長いこと訪れなかったのだろうか。

 著者は、ゼネコンに依拠した選挙戦に切り換えてから、父母以来の地元後援会中心の選挙を軽視しがちになった点に謎を解くカギを求める。政治家になるなら高校までは地元で、という助言を振り切って東京に出た小沢氏には、どこかデラシネ(根無し草)のような部分があり、それが他人を信用しない政治家になった遠因だというのだ。

 二大政党政治樹立の目標を掲げて政権交代に成功しながら、被災地の復興・復旧などの具体的政治よりも政局中心の政治に走った小沢氏の実像と内面に迫った本である。