だから、あのひとは一瞬にこだわった。一瞬の想いや感情を写真という結晶にして残しておこうとしたのだろう。
問いかけても、もう返事は返ってこない。
他愛ない、昼下がりのひととき。あれがいつのことだったか、正確な日付は覚えていない。夏はひと塊の記憶だ。
日が暮れて、やっと一息つけても、朝にはまた眩しい太陽が昇り、灼熱の空気に呑み込まれる。そんな日々が永遠に続くと思っていた。
けれど、時間を留めておくことはできない。思い出に浸るこの時間も、数秒後には過去になる。そして、どんなに詳細に思いだしてみても、記憶が現実になることはなく、過ぎた時間を追いかけているだけにすぎない。
鞄から写真集の入った茶封筒を取りだし、ベッドに置く。立ちあがろうとするが、できない。立ちあがり、自分ひとりのために簡単な夕飯を作り、風呂に入って、明日の仕事に備えて眠らなくてはいけないのに。
こうして、ひとりの晩を過ごすようになって気付いたことがある。
あのひとは忘れられるのをなにより恐れていた。
*
人がまばらな構内を、建物の影をつないで歩く。
まだ蝉も鳴きはじめたばかりだというのに、存分な太陽光が降りそそいでくる。植木の影から掲示板の影へと飛んだところで視線を感じた。
図書館前のベンチからこちらを見ている人がいる。バランスのとれた華奢な体。里見だった。細長い脚に肘をつき、顎の下で手を組んだまま、目をそらす気配がない。それどころか凝視されている。いや、睨まれているのかもしれない。
無視するわけにもいかず、おそるおそる近付くと、里見は座ったまま私を見上げた。梢の緑が里見の顔や首筋に濃い影を落とし、そのぶん肌の白さが強調されている。
「やっぱり、柏木さんか。変な歩き方してる人がいると思った」
「暑いから影を歩いていたんだけど……ええと、私なんか気に障ることをしたでしょうか……」
「ちがうちがう」と里見はあくびをしながら伸びた。「おれ、目が悪いんだ。睨んでない」
座れとも言われなかったので、目尻の涙をこする里見を見下ろす。
「眉毛と目の間がさ」
里見が上目遣いでこちらを見た。顎が細くて、嫌になるくらい綺麗だ。
「すごく狭いよね。だから、目を凝らしていると睨んでいるみたいに見えるのかも」
「ああ、神経質そうって言われてるみたいだしね」
里見は口の端で笑いながら横に置いた本を手に取った。全さんもよくこういう皮肉っぽい笑い方をするなあ、と思う。里見が老成しているのか、全さんが幼いのか。
「疲れているときとか我ながら怖いもんな。目とか落ちくぼんで」と、片手で目頭を揉む。
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