ガードレールにもたれながら目をとじていた。
汗がひいていくにつれ、水の流れる音がはっきりしてくる。私の背後から途切れることなく聞こえてくるそれは丸みを帯びた音で、住宅街の生活音に静かに溶け込んでいった。ほんの三十分ほど前、全(ぜん)さんと歩いた川沿いの道を思いだす。このささやかな水の流れはあの川に繋がっているのだろうか。
このまま背中から水に落ちて川から海へと流されてしまいたいと思った。人前で吐いたことも、全さんに話してしまったことも、父の机の中で見つけたものも、すべてなかったことになればいいのに。柔らかな音をたてる水にまるごと呑まれ、流れて消えて欲しい。
けれど、金属の臭いのするガードレールは重だるい私の体をしっかりと支えていた。蚊にでも刺されたのか腕がかゆい。
どこかの家で誰かが風呂にでも入っているのか、ぬるい風が石鹸と湯気の香りを運んできた。目をあける。店に入った時はまだ明るかったのに、空気はもうすっかり紺色で、家々の灯りが浮きあがっている。
半分開いた店の引き戸から、丸い人影がこちらをうかがっている。エプロンが夜目にも白い。店主の奥さんのようだ。背の高い全さんが屈むようにして奥さんの手からなにか受け取っている。
全さんは何度か頭を下げ、店の方をふり返りながら、ゆったりした足取りでやってきた。
「どうだ」
ぶっきらぼうな問いかけに、「あ……はい」と答えにならない返事をする。後悔と羞恥でぐったりはしていたが、もう気分は悪くなかった。
「中で休んでいけって言われたけど断ったからな」
頷く。髪や体から嘔吐物と汗が混じり合った酸っぱい臭いがする。
「車、呼んでもらうか?」
勢いよく首を横にふると、全さんが意地悪そうに笑った。
「ゲロまみれだもんなあ」
「まみれってほどではないです」
言い返しながら、Tシャツの首まわりを引っ張ってみるが暗くてよく見えない。全さんのシャツも汚してしまったのではないか、と顔をあげると目が合った。
ぎくりとした拍子に後ろのガードレールに後頭部がぶつかる。
「なにやってんだ」
笑いながら、全さんが左手を差しだしてきた。袖口からのぞく白い包帯に躊躇する。右手から下がるビニール袋がガサガサと揺れた。
「ほら、つかまれ。立てるか」
「なんですか、それ」
全さんは顎をつきだすようにして首を傾げ、「ああ」と唇を動かさずに言うと、ビニール袋を私の膝の上に置いた。湿った重みの後から、じんわりと熱が伝わってくる。
「頼んでた鶏釜飯、それと手羽先かな。包んでくれたんだ」
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