- 2017.12.16
- 書評
必ず本編をすべて読み終わってから読んでほしい解説
文:大矢博子 (書評家)
『ずっとあなたが好きでした』(歌野晶午 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
と書いたところで、先に読んじゃう人は読んじゃうんだろうから、まずは読まれても構わないように、概略から始めよう。
本書には十三の短編が収められており、どれも共通するのは恋愛が描かれているということだ。だがその描き方はすべて異なる。主人公の年齢や環境もバラバラだし、恋愛の形もいろいろ。さらにほとんど全ての物語にミステリの構造が用いられており、その趣向もさまざまなのである。つまり、あらゆる面でバラエティに富んだ恋愛ミステリ短編集と言っていい。
たとえば、十代のまっすぐな恋がモチーフの「ずっとあなたが好きでした」は、最後の一行で世界が反転する、いわゆるフィニッシング・ストロークが光る作品だ。恋が人生に力を与える様子が描かれる「黄泉路より」は〈何が起きたのか〉で引っ張るミステリ。小学生が主人公の「遠い初恋」はクラスで起きた盗難事件。翻弄される恋がテーマの「別れの刃」は断ち切るようなラストが印象的だ。愛する人をストーカーから守ろうとする「ドレスと留袖」は捻りが効いていて、騙されること請け合い。
高校生の一目惚れを描く「マドンナと王子のキューピッド」、恋人同士の日常の一コマを描きつつも終焉を予感させる「まどろみ」。「幻の女」はウィリアム・アイリッシュの本歌取り。同じく「舞姫」は森鷗外の本歌取りだが、恋人の来日以降の顚末は小説ではなく鷗外自身の出来事がベースになっている。これもまた〈最後の一撃〉が強烈。この本歌取り二作は、特に本格ミステリ色が強い。
ネットで知り合った男女の駆け引きを描く「匿名で恋をして」は、正解が明示されないリドルストーリーの味わい。コミカルな一幕ものの「女!」、還暦の男が昔の同級生と再会する「錦の袋はタイムカプセル」を経て、病院で見舞いの花が消えるという事件を描いた「散る花、咲く花」へとつながっていく。
こうしてざっくり並べただけでも、小学校の事件あり、サスペンスあり、オマージュあり、本格ミステリあり、どれとは書かないが叙述トリックあり、日常の謎あり、〈最後の一撃〉あり、ミステリ色がまったくない恋愛ものあり。小学生の初恋があれば還暦の恋もあり、ネット恋愛もあれば国際的なロマンスもあり、実に幅広い。
だが――思い出そう。書いたのは、歌野晶午だ。
バラエティに富んだ恋愛ミステリ短編集? さまざまなロマンス?
まさか歌野晶午が、それだけのはずないじゃないか。
ということで、次のページから先は完全に仕掛けをばらすので、くれぐれも本文読了後にお読み下さい。未読の人はここまでですよ!