- 2017.12.16
- 書評
必ず本編をすべて読み終わってから読んでほしい解説
文:大矢博子 (書評家)
『ずっとあなたが好きでした』(歌野晶午 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
ネタバレ注意! くれぐれも本文読了後にお読み下さい。
いかがだろう。ここに挙げた〈伏線〉はごく一部だが、これだけでも、いかに物語が順を追って続いていたかがわかるはずだ。
そしてこの順で読み返したときに浮かび上がるのは、惚れっぽい男の一代記に他ならない。振られても懲りず、二股がばれても懲りず、刺されても懲りず、浮気に余念がなく、その時々は真剣なんだろうけど忘れるのも早く、自殺まで思いつめたのにそこでまた女に惚れるという、もうどうしようもない、けれどなんだか憎めない男の、波乱万丈ロマンス一代記なのだ。まさに好色一代男、まさに今世之介ではないか。
つまり本書は、まず独立した短編として個別の恋愛模様とミステリを堪能する楽しみが最初にあり、ラス前の短編でそれがひと続きだったことがわかってさらに大きなサプライズが来る。そして時系列で読み直すことにより、初読のときとは違った視点で長編を楽しめるという三段構えになっているのだ。なんて贅沢な!
――と、書いたものの。
ここまでなら、まだ〈普通〉じゃないか? だって歌野晶午だもん。それだけ?
実は本書にはもうひとつ大きな企みが隠されている。それを知るために必要なのが、初出の順番と本書の並び順だ。
最も早く発表されたのは「マドンナと~」だ。作中の神戸時代をほのめかす描写は、すでに電子雑誌「つんどく!」に発表された時点から存在していた。また、「女!」のラストシーンで十條大輔というフルネームが初めて登場し、それが読者を本書全体の仕掛けに気づかせるきっかけになっているが、この短編単独では特に必要のない演出と言っていい。いや、そもそも世之介などというあだ名をつけて大輔という本名を隠すこと自体、独立した短編なら意味はないのだ。それなのに初出の雑誌掲載時からこの形だった。いずれも、全体の仕掛けが早い段階でできていたことの証左だ(もちろん、短編によっては初出時から書き直された部分もある)。
そんな中、発表順と掲載順を変えたことによって大きく印象が変わった作品がある。最後の「散る花、咲く花」だ。本書の並び順で読んだ読者は、すでに「錦の袋は~」で全体の仕掛けを知っている。その後に続く短編なので、高浪美由起とは樺島のことであり、彼女の夫は亡くなっていることも承知しているわけで、彼女と一緒にいて「治」と呼ばれているのは大輔だと想像するだろう。樺島の舅のために、死んだ息子のふりをしてやっているのだな、と。前の短編で大輔は樺島に告白してるんだから、樺島が寝言で治の名前を呼び、大輔に謝る場面にも何の違和感もない。
だがこの短編は、もともと「錦の袋は~」が書かれる以前に、独立した短編として雑誌掲載されたものなのである。するとどうなるか。
読者は、主人公は入院している辰雄の息子・治であり、美由起とは夫婦であるという前提で読むだろう。それが終盤になって、実は夫婦ではなく、主人公は美由起のことが好きで手伝っていた他人だとわかる。寝言で「治」の名を呼ぶ場面も、実は死別した夫の名前だったということがわかり、その場面の持つ正確な意味が初めて理解される。かなり周到な叙述トリックなのである。
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