目に涙を浮かべる叔母に、ありすは「ううん」と首を振る。
「今まで育ててくれてありがとうございました。叔父さんは厳しかったけど、叔母さんがいつも優しくしてくれて、かばってくれて嬉しかった」
「・・・・・・ありす」
叔母は、ぎゅっとありすの体を抱き締めた。
彼女の体からは、箪笥の防虫剤の匂いがする。
それがありすの胸に切なく迫る。
「あなたは姉さんに似ているから、これからもっと器量が良くなっていくわよ。素敵な舞妓さんになってね」
「――はい」
ありすは母の妹である叔母と最後に握手を交わして、車に乗り込んだ。
後部席のシートには、うさぎのぬいぐるみが置いてあった。
まだ、十六にもなっていないありすに対する置屋の計らいなのだろうか。
そのぬいぐるみは真っ白でスーツを着て蝶ネクタイに懐中時計をつけ、まるで『不思議の国のアリス』に出てくるうさぎのようだった。
『ありす』という名前を意識してのことなのだろうか?
それにしても、まるで本物のうさぎのように精巧だ。
ぬいぐるみをジッと見詰めていると、
「いやー、あの奥さんもイイ女なのに勿体ないよなぁ。あんな亭主につかまっちまってさぁ」
助手席から男の声がし、ありすはぴくりと肩を震わせた。
どうやら、助手席に人が乗っていたようだ。
だが随分背の低い人のようで、ありすの位置から姿は見えない。
「人様の家庭や夫婦関係のことをとやかく言うものではありませんよ」
初老の紳士はそう言って、運転席に乗り込んだ。
「へえへえ」
助手席の男は面倒くさそうに応じる。
「それでは、出発します。明日の明け方には着くでしょう」
ありすは「はい」と頷いた。
やはり、東北から京都まで車で向かうとなれば、何時間もかかるのだろう。
「いざ、京洛の森に出発だな」
「――キョウラクの森って?」
ありすが小首を傾げるも、その質問に対する答えは返らず、車は夜の闇のトンネルを進んでいった。
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2018.02.15ニュース
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