書評

戦争を知る最後の世代の一人としてこれだけは言っておきたい。(抄)

文: 田原総一朗 (ジャーナリスト)

『オールド・テロリスト』(村上 龍 著)

 実は、私は戦争を知る最後の世代で、小学校五年生の夏休みに、昭和天皇の玉音放送を聞いたのである。

 五年生から社会科の授業がはじまる。軍事教練のまねごともはじまる。

 私たちは、一学期の社会科の授業で、“わが日本は、世界の大侵略国であるアメリカやイギリスを打ち破り、アメリカやイギリスの植民地にされているアジアの国々を独立させ、解放させるために戦っているのであって、もちろん正義の戦争である。だからきみたちも早く大きくなって戦争に加わり、天皇陛下のために名誉の戦死をせよ”と、担当の教師に強い口調でいわれた。こうした話は、校長からも、あるいはなにかの式典で、役所や軍関係の人物たちからも、何度もいわれた。この戦争は、可哀想なアジアの人々を救うための正しい戦争であり、私たちは将来、天皇陛下のために名誉の戦死をするのだということが、頭の中にすり込まれたのである。

 もちろん、私たちには疑う余地もなかった。

 ところが、夏休みに敗戦というかたちで戦争が終ると、二学期になって、教師や校長たちのいうことが一八〇度変った。

 あの戦争は、やってはならない、間違った戦争であり、アメリカやイギリスが正しかった。日本のやったのが悪い侵略戦争だったというのである。

 ラジオや新聞が報じる内容も一変した。一学期までは、とてもよかったことが、全て、とても悪いことになった。価値観が一八〇度変ったのだ。

 一学期までは英雄であった、東条英機など軍の幹部たちが占領軍に逮捕されはじめると、ラジオも新聞も、それが当然だと非難した。

 少年ながら、大人たちがもっともらしい口調でいうことは信用できないと思った。とくに偉そうな人間がいうことは信用してはダメだと強く思った。ラジオや新聞も信用してはダメだと思った。そして、国家も国民を騙すものだと強く思った。

 これが、いわば私の原点である。おそらく私たちを含めた、戦争を知る世代の原点である。そして、その思いはずっと続いている。

 その意味では、私は大島渚氏や野坂昭如氏などと、同様の思いを持っていて、だから、“オールド・テロリスト”に、少なからず共感しながら読めたのである。

 ところで、北野武という芸能人がいる。現存している中では最高の芸能人だ。その北野氏が“アウトレイジ”という三部作の映画をつくった。アウトレイジとは極悪非道という意味で、ともかくヤクザたちが、深作欣二監督が仰天するようなすさまじい殺し合いをする映画である。

 北野武氏も、政治家や経営者、官僚たちのやり方がえげつなさ過ぎると思っていて、間違いなく破壊願望を抱いているはずだ。

“オールド・テロリスト”に戻る。

 詳述は避けるが、ミツイシたちは、なぜ自ら進んであのような結末を望んだのか。このことが実は、“オールド・テロリスト”の大きなテーマなのである。

 作者はミツイシたちに“おれたちは精一杯面白く生き、ああ、面白かったと言って死ぬんだ”といわせており、このことばは私の印象に強く残った。

 このことばには、読者の誰もが共感するであろう。



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