“ストームトルーパー”と呼ばれるようになったキャラクターの白いマスクのデザインは、リズが粘土をこねて彫塑したものだ。マチルダもその場にいて、どんどん素敵な形に近づいていくのを見た。
リズはもうこの世にいない。まだ若く前途洋々だったのに、不運な交通事故で命を落とし、彼女の新しいデザインに出会うことは、もう二度となくなってしまった。それにもかかわらず、スタッフロールにリズの名前がない。
マチルダは自転車を漕ぐ。道はどこまでも平らで勾配もなく、走っても走っても延々同じ風景が続いているような感覚に陥る。全身から汗が溢れて流れ、水筒の水をいくら飲んでも、砂漠に一滴垂らすかのように、すぐさま蒸発して渇いてしまう。
「冷静に、マチルダ。あんたはよくやってる」
自分で自分に言い聞かせ、再びペダルを踏み込んだ。油断するとすぐ嫌なことを思い出し、思考の渦にはまってしまうのが悪い癖だと、ベンジーからも常日頃言われている。
しかしその気遣いがよけいにマチルダを苛立たせた。
コパトーン特有のココナッツのにおいと生臭い潮のにおいが入り交じった熱い風が、マチルダの体をかすめては、無関心に通りすぎていく。
十キロほど走ってさすがにうんざりしたマチルダは、どこまでも続く海沿いの道から外れて、街中に入った。自分でもわかるほど汗臭いが、コイン式のシャワールームはどこも混雑していたので、リュックサックに詰めてきた大判のタオルで首の後ろや脇の下を拭うにとどめ、ガソリンスタンドの売店に入った。マガジンラックのファッション雑誌はどれも、肩パッド入りの原色のジャケットを着た、冷ややかな目つきをした美しい女や男たちが表紙を飾り、こちらを見ている。
「表の水道を借りてもいい?」
紙パックのジュースをひとつレジに置いて訊ねると、売店の店員はじろっとマチルダを一瞥し、「二ドル」と言う。
「二ドル? 紙パックのジュース一本で?」
「うちの水道を使いたいんだろ? おばさん」
店員は自分よりも二十歳は若そうで、制服のポロシャツの襟をぴんと立たせ、気取っていた。マチルダは苦笑しながら首を振り、一ドル札を二枚カウンターに放って外に出た。
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