「組合の問題もあるし、クレジットされる人数は契約の時点で決まってる。責任者や工房の代表の名前で出るのが普通だし……そりゃリズのことは同情するよ。だけど女性の数が少ないと言ったって、ひとりふたりは必ずいるだろう」
「男の名前が九十九%を占める中の、たったの一%だけどね」
マチルダはそうやり返すにとどめ、そもそもなぜ工房の代表者があなたや男ばかりなのか、とまでは言わなかった。
映画制作の現場には女性が少ない。活躍できる分野は、プロダクション、衣装、メイキャップ、それに俳優などと限られている。特殊効果にも間違いなくいるのだが、この分野で重要なポジションについている女性は、一九八六年になった今なお皆無だ。
巨大なショッピング・モールの片隅にあるベンチに腰掛け、行き交う客たちの姿を眺める。生まれてまだ間もない赤ん坊から腰の曲がった老人まで、さまざまな年齢の、さまざまな肌の色をした人々が、笑ったり真剣な面持ちで先を急いだり、むきになってけんか腰で言い合ったりしながら、今日という日を生きている。息子に野球帽をかぶせ、仕事が忙しくて遊べないんだと謝る父親の後ろで、髪すら整える暇もなさそうな母親が、ぐずる赤ん坊と足が痛いと訴える幼い娘をあやしていた。マチルダは見ていられず、ベンチを立った。
マチルダは、自分が結婚生活にまるで向いていないことを自覚していて、子どもをどう扱っていいのかもわからないし、母親になりたいと考えたことも微塵もなかった。一生、この手で愛しいクリーチャーたちを作り出していきたい。そしてこれこそが天職だと思っていた。
だが、なぜかこの世界では、女が仕事をはじめると“腰掛け程度の小遣い稼ぎ”と思われるのだ。男女問わず、その思い込みは根強かった。中には一人前の職人として向き合う人もいる。しかしひどい時には、工房の仕事は全部ベンジーが請負い、マチルダはアシスタントだと頭から信じて疑わない依頼人もいた。
ロサンゼルスに来て、リーヴと暮らしはじめた頃も、そういう経験はした。最初の工房入りの時だって受付志望と間違えられたし、そもそもマチルダに造形を教えたマルハウス老人もそうだった。
業界に「女性を雇用してはならない」などという規約はない。むしろ女性の参入を歓迎する方針を打ち出しているくらいだ。しかし明らかに線が引かれている。いったいいつになったらこの透明で頑丈な殻は破られるのだろうか。
しかし最近、恐怖を覚えている。自分自身がこの殻を別の女性に被せようとしていたことに気づいたからだ。そしてマチルダの気力がくじかれた原因もそこにある。
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