別冊文藝春秋

『スタッフロール』深緑野分――立ち読み

文: 深緑 野分

電子版17号

「別冊文藝春秋 電子版17号」(文藝春秋 編)

前回までのあらすじ

 憧れの映画業界にすべり込んだヴィヴは、ロンドンにあるVFX(視覚効果)及びCGの制作スタジオ「リンクス」で働いていた。モデラーと呼ばれる、キャラクター造形を担当するCGアーティストとしての仕事だった。そんなある日、リンクスに大型プロジェクトの話がもたらされる。イギリスの映画製作会社によるSF大作映画の話だった。気乗りのしないヴィヴは、入社したばかりの日本人CGアーティスト・メグミと、先輩社員のリウ、ユージーンとともにどこか冷めた気持ちでいたが、そんな四人にもうひとつのプロジェクト、鬼才・ポサダ監督の作品への参加が呼びかけられる。助っ人としてメキシコから送り込まれてきたヒメネスの奔放さに振り回されながらも監督が理想とするモンスターづくりに励むヴィヴたちだったが、手掛かりが掴めず悪戦苦闘。そんな時に、参考になる筈の作品を知っているという社長のモーリーン・エイブリーが現れたとの一報が届いた。


八 ヴィヴ、ロンドン、二〇一五年

「おい、社長が帰ってきたぞ!」

 私とメグミ、そしてヒメネスの三人体制での仕事がはじまって二週間が経ったある日、ディスプレイとにらめっこしていると、巨漢のリウがオフィスのドアを開けてこう言った。ヒメネスはまだ来ていない。私は隣のデスクのメグミと顔を見合わせ、互いに一言も交わさず立ち上がり、即座にオフィスを出る。

 他のスタッフたちもひそひそと声を掛け合って、次々席を立ち、ついて行こうとする足音が聞こえてきた。しかしリウがぴしゃりと「ダメだ、こっちが先。後にしてくれ!」と牽制すると、みんなぶつぶつ文句を漏らしながら戻っていった。

 リンクスの社長、モーリーン・エイブリー。

 コンピュータ・グラフィックスが誕生して間もない一九七〇年代、はじめてCGアニメーションを制作した、ユタ大学時代のエド・キャットムルのチームにいた人だ。

 エドウィン・キャットムル、すなわち超売れっ子CGアニメ制作会社「ピクサー」の共同設立者にして、レンダリングの画期的ソフト「RenderMan」の開発者、そして現ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの社長。ルーカス・フィルム出身であり、先物好きなスティーブ・ジョブズにも能力を買われた。

 モー社長は、そんな人たちと一緒に仕事をしていたということだ。

 まだまだ女性が少ないCG業界の中で最前線で活躍し続けている女性パイオニアとして、私はモー・エイブリーのことをとても尊敬している。メグミもそうだし、同じ思いを持っているアーティストは多いはずだ。

別冊文藝春秋からうまれた本



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