インタビューほか

岸惠子×磯田道史対談 日本とパリの「愛のかたち」(前編)

オール讀物2018年1月号より

世界で活躍する大女優と古文書の達人──異色の組み合わせのようで、実は仲良しのお二人。菊池寛賞受賞を祝って、岸さんのご自宅を磯田さんが訪ねた。

『愛のかたち』(岸 惠子 著)

恋愛の縦軸・横軸

磯田 あと、もう少しだけ『愛のかたち』のお話を(笑)。僕が一番、岸さんらしさが現れていると思ったのは、「二方向の軸」で愛が書かれていることなんです。このことはフランス人の人類学者、エマニュエル・トッドと対談したことで理解できました。トッドは、愛の方向で一番強いのは母子だという。小鳥が子供に餌をやるように原始動物にもある行動です。これが垂直軸の愛。アルカイック(Archaque)という言葉を彼は使っていました。

 原初の、という意味ですね。

磯田 一方、トッドは人間が人工的に作る愛、選択的に作る愛もあるというんです。つまり、男女の性愛である場合が多い。これが横軸です。

 垂直軸の愛のかたちが人類史上最も強く現れているのは、母子関係が非常に強い日本ではないか、と僕は思っています。日本は父子より母子が強い母系的な社会。「お母さん」と言って死んでいった特攻隊員が多かったといわれるように。一方、男女の付き合いを重視するのがフランス。たとえば、東京にも以前は支店があった老舗フレンチレストラン「マキシム・ド・パリ」には幼児は入れないんですよ。

 パリの本店には何度も行きましたが、そういえば子供はいなかった。

磯田 フランス社会はカップルで過ごすようにできている、親子が寸断される社会的なインフラがたくさんある。岸さんは日仏の社会を縦横に駆け巡って、世界の極北と極南を見た。

 そうかもしれませんね。

磯田 そういう人間の感性が現実に文学に反映されているのを久しく見ていない。今回、縦と横の「愛のかたち」が眼前に展開していく物語を観て、これは単なる親子小説や恋愛小説を超えた、人類史的な広がりを持った文学なんだと思いました。

 ありがとうございます。私もいわゆる恋愛小説を書いたつもりはありません。恋愛は必ず他人と他人。男と女の間はそんなにきれいに結ばれて長続きすると、私は経験上からも思いません。

磯田 俗な恋愛小説だと、愛は結末として捉えられますよね。でもこの小説に一貫して流れているのは「愛は過程である」ということ。その流れている感じの中に恋愛の本質があるんだと読んでいて感じました。

 そうなんです。いまおっしゃった横軸を垂直軸とうまく絡ませる難しさや、それを成就させたい祈りみたいなもの。例えば、日本には男社会の世界と、変わりつつはあるけれど、女は家事育児に埋没して夫婦の間に会話がなくなる。フランスでは、常にカップルで行動するので、結婚当初はひどく戸惑いました。私は五七年にフランスの映画監督、イヴ・シャンピと結婚しましたが、主人は医師でもあったので、医師会で耳の手術の一部始終の映像をみせられて卒倒しそうになったり……(笑)。夫婦がどこへでも一緒に行く習慣でしたから。

磯田 やはり、そういう社会的要請があるんですね。

 彼の関係で首相官邸のパーティーや、晴れがましい席にもよく招ばれました。まだ貧しかった日本で作っていった洋服はあまりにみすぼらしくて、よく振袖を着ました。

「飲み物は?」とかれて「お水」と応え、「ご病気ですか?」と不思議がられたり(笑)。そのころはお酒を飲めなかったの。主人を息子のようにかわいがってくれたフランスの大監督、ルネ・クレールとご一緒の時に水はダメと、ヤケ気味に「コカ・コーラ」と言ってしまったの。「イヴ、東洋からやってきた君の素敵な奥さんは、コカ・コーラでフォアグラを食べるのかい」と優しくからかわれて、ぺしゃんこになりました。

磯田 フランスの社交界でコカ・コーラですか(笑)。(後編へつづく)

オール讀物2018年1月号

2018年1月号 / 12月22日発売 / 定価980円(本体907円)
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