2018.02.23 書評

帰ってゆく父

文: 川本 三郎 (評論家)

『長いお別れ』(中島京子 著)

『長いお別れ』(中島京子 著)

 認知症になってしまった父親をめぐり、三人の娘、母親(妻)、孫たちが、それぞれに戸惑い、混乱しながらも、それでもなんとか試練を乗り越えてゆく。読んでいて、つらい小説ではあるが、同時に、父親のことを気づかう家族それぞれの気持が伝わってきて、読む者を暖かい気持にさせる。

 認知症が社会問題になったのは有吉佐和子の『恍惚の人』がベストセラーになった一九七二年頃からだろう。七一年当時の日本人の平均寿命は男性が七〇・一七歳。女性が七五・五八歳、長寿が進むとともに老人の痴呆の問題が浮き上がってきた。長寿は目出たいことの筈なのに、それが思いもよらない不幸を家族にもたらす。これまで、日本人が、いや大仰に言えば人類が経験してこなかった未知の事態である。

 誰もどう対応していいか分からない。進行を遅らす薬はあっても治す薬はない。そもそも認知症は病気なのか。長く生きた人間がいずれは直面する運命なのか。

 父親は静岡県の掛川市の出身。長く都内の中学校の先生をし、校長を務めた。退職後、名誉職として図書館長にもなった。名士である。それだけに、過去と認知症になった現在の落差が大きい。認知症は知的職業に就いていた人間も容赦なく襲う。

 この小説は、父親が物語の中心にいるが、父親自身が語り手になることはない。認知症になった人間が「私」を主語に語ることは出来ないのだから。

 だから、母親(妻)をはじめ三人の娘たちの視点によって、父親を語ってゆく。介護する彼らの思い、困難が語られてゆく。それしか方法がない。いわば「父親を見つめる小説」である。

 父親、東昇平の認知症は長い。認知症と診断されて七年になる。はじめの五年は進行が遅かったが、ここ二年ほど他人の目にもそれと分かるようになった。

 徘徊が始まるようになる。

 冒頭、とてもいいくだりがある。

 ある幼ない姉妹が、夜の後楽園の遊園地でメリーゴーランドに乗ろうとする。しかし、係のアルバイトの若者は、子供だけでは駄目だと乗せてくれない。五年生の姉は就学前の妹と手をつなぎながら、冬の園内を歩き、チケット売り場の前に老人がいるのに気づいて、「メリーゴーランドにいっしょに乗ってくれる?」と頼む。老人はそれに応じ、幼ない姉妹と共にメリーゴーランドに乗る。

 その老人こそ徘徊中の東昇平だと分かる。夜の人の姿の少ない遊園地で、認知症の進む老人が、まるでライ麦畑のキャッチャーのように幼ない姉妹を守ってメリーゴーランドに乗る。心和む。



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長いお別れ中島京子

定価:本体660円+税発売日:2018年03月09日