- 2018.04.20
- 書評
“好きなもの”とダメ出しが生んだ、論理とキャラクターの両立
文:円堂都司昭 (文芸評論家)
『キングレオの冒険』(円居 挽 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
京都市四条烏丸の一等地に本社オフィスをかまえる日本探偵公社。この組織に所属する探偵は公的に警察と連携し、犯罪捜査にかかわっていた。探偵たちのなかでも傑出した才能を誇っていたのが、天親獅子丸だ。推理力に優れるだけでなく、スポーツ万能な美男子。公社では広報活動の一環として、脚本室で探偵の扱った事件を脚色した物語の原作を作り、各種メディアに供給している。なかでも、獅子丸がモデルの「キングレオ」シリーズは、人気が高かった。シリーズのスクリプトライターである天親大河は獅子丸の従兄弟であり、この傲岸不遜な名探偵の助手でもあった。本書は、そんな獅子丸と大河の活躍を描いた円居挽の連作短編集『キングレオの冒険』(二〇一五年)の文庫化である。
綾辻行人、法月綸太郎、麻耶雄嵩など多くの本格ミステリ作家を輩出した京都大学推理小説研究会(以下、京大ミステリ研)の出身である円居挽は『キングレオの冒険』刊行時、サークルの先輩であり『密室蒐集家』などで知られる大山誠一郎と対談していた(文藝春秋BOOKS http://books.bunshun.jp/articles/-/3299)。そこで円居は、本作について「京都、探偵の会社、シャーロック・ホームズ。自分の好きなものを全部盛り込みました」と語っていた。著者本人があげたこの三つを軸にして『キングレオの冒険』を解説しようと思う。
探偵と助手というと、ホームズとワトソンのコンビがまず思い浮かぶ。ミステリに親しむ入口が、アーサー・コナン・ドイル作のホームズ・シリーズだった人は多い。円居も小学三年生の時、岩波書店のジュブナイル版『シャーロック・ホウムズの冒険』を読んだという(『2014本格ミステリ・ベスト10』)。『キングレオの冒険』は、収録された五作それぞれでホームズの短編に見立てた事件が起きる趣向となっている。「赤影連盟」は「赤毛連盟」、「踊る人魚」は「踊る人形」、「なんたらの紐」は「まだらの紐」、「白面の貴公子」は「白面の兵士」、「悩虚堂の偏屈家」は「ノーウッドの建築家」へのオマージュでありパロディである。また、獅子丸は、ホームズと同じく日本の謎の格闘術バリツの使い手だ。ホームズにモリアーティ教授という好敵手がいたごとく、獅子丸に対しても事件の続発を経てやがて強敵が現れる。
『キングレオの冒険』はこのようにホームズにこだわった内容だが、それ以外にもミステリ愛好者をにやりとさせるネタが投入されていた。「悩虚堂の偏屈家」では、ある殺人事件をめぐって日本探偵公社の伝説的な探偵・河原町義出臣と獅子丸が推理対決する。相手の老探偵は、ジョン・ディクスン・カーが生んだ名探偵ギデオン・フェル博士にちなんで和製ギデオン・フェル、河原町ギデオンと称されている設定だ。この最終話は、カーが別名義カーター・ディクスンで発表した『ユダの窓』を意識したと、著者自身が語っていた(前掲、文藝春秋BOOKS)。
さらに本書では、城坂論語という一筋縄ではいかない美少年が重要な役割を果たす。円居挽は二〇〇九年の『丸太町ルヴォワール』が単行本デビュー作であり、同作から始まるルヴォワール四部作が話題となり、ミステリ読者に存在が認知されたのだった。双龍会という私的裁判を舞台にして、龍師と呼ばれる者同士が、アクロバティックな論理だけでなく華もある弁舌で対決する。そんな設定の同シリーズでも、城坂論語という青年が異彩を放っていた。彼に限らず、本書にはルヴォワール四部作と関係がありそうな名前がちらほら出てくる。
一方、円居挽は『キングレオの冒険』の発表と同じく二〇一五年に『シャーロック・ノート 学園裁判と密室の謎』、二〇一六年に『シャーロック・ノート・ 試験と古典と探偵殺し』を刊行している。日本探偵公社なる組織が日本に存在し、キングレオこと天親獅子丸という探偵に人気があると言及されるこのシリーズは、『キングレオの冒険』と地続きの世界観なのだろう。そして、探偵養成のための高校を舞台にした『シャーロック・ノート』では、上級生が弁護人、新入生が検事の役回りで論理をぶつけあう星覧仕合という裁判ゲームが恒例になっており、そこでの口上の決まり文句は「我らの祖たるシャーロックの名にかけて問う」、「我らの祖たるシャーロックの名にかけて応じる」なのだ。ホームズへのリスペクトという点でも『キングレオの冒険』と『シャーロック・ノート』は近しいところがある。
また、先に触れた京大ミステリ研先輩後輩対談では、大山誠一郎が『シャーロック・ノート』に登場する名称について、「現衛庁」は「幻影城」(江戸川乱歩の評論集。後に同名のミステリ雑誌が発行された)、「九哭将」はドロシー・L・セイヤーズの『ナイン・テイラーズ』を踏まえたものだと指摘していた。円居は、過去の名作や他の自作にちなんだネタをちりばめる遊戯的なふるまいをしばしばみせる。
円居が本書に盛り込んだ好きなものの一つにあげた「探偵の会社」に関しては、京大ミステリ研の先輩である清涼院流水のJDCシリーズからの影響が大きい。JDCとは日本探偵倶楽部のことであり、集中考疑の鴉城蒼司、神通理気の九十九十九といったぐあいに様々な推理の得意技を持つ探偵たちの集団だ。『コズミック』から始まるJDCシリーズは、風変わりなキャラクターの魅力がある一方、各人の推理術に派手な呼び名がつけられているわりに内実は書かれていなかったので毀誉褒貶があった。
このため、円居が京大ミステリ研に入る際、好きな作品としてJDCシリーズをあげたら先輩たちの反応が渋かったというエピソードを本人がたびたび話している。ルヴォワール四部作、『キングレオの冒険』、『シャーロック・ノート』など、登場する探偵役たちが強い個性を持ち、キャラクターの魅力だけでなく論理を駆使した弁舌で状況を二転三転させる特有の作風は、JDC的な設定に対する円居流のヴァージョン・アップであるわけだ。
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