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“好きなもの”とダメ出しが生んだ、論理とキャラクターの両立

“好きなもの”とダメ出しが生んだ、論理とキャラクターの両立

文:円堂都司昭 (文芸評論家)

『キングレオの冒険』(円居 挽 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 彼は、本書に盛り込んだ好きな要素として「京都」もあげていた。森見登美彦や万城目学など、怪異やファンタジーを帯びた空間としてこの土地を描く作家は多い。ミステリ研の先輩作家たちも京都で不可思議な事件が発生する話をたくさん書いてきた。円居もデビュー作の『丸太町ルヴォワール』以来、奇妙な出来事が起きる場所として京都を繰り返し選んでいる。大学構内で神出鬼没の営業をする都市伝説的なバーが推理の舞台となる『クローバー・リーフをもう一杯 今宵、謎解きバー「三号館」へ』(二〇一四年。文庫版は『京都なぞとき四季報 町を歩いて不思議なバーへ』に改題)などは、身近に不思議が転がっていそうなこの街の雰囲気がよく描かれている。一連の作品は虚構の度合いが高いけれど、著者自身の記憶や体感が反映された部分もあるだろう。円居が日本探偵公社の本社を京都に置いたのは、JDC本部が京都にあったことを踏襲しただけではないはず。

 円居の好きな「京都」ということには当然、ミステリ研時代の記憶も関連していると想像する。このサークルでは、犯人当て小説を書く慣習があったが、在学時代の彼の作品は評判がよくなかったという。当時のことについては、前述の大山誠一郎との対談のほか、『2014本格ミステリ・ベスト10』掲載の後輩作家・森川智喜(著書に『スノーホワイト』など)との対談、ミステリ研で二学年上だった薗田竜之介による『河原町ルヴォワール』文庫解説などに詳しい。かつての周囲の批判について円居は、森川との対談でこうふり返っていた。

 全部受け止めたよ。でも、全部受け止めるとおかしくなるのは間違いないよ! 適当に受け流して自分の作風を守ったのが森川で、全部受け止めたうえで作風を作ったのが僕なんです。


 よく知る後輩を相手にした冗談交じりの発言ではある。ただ、円居は、デビュー作の時から、作品のメインキャラクターは大学の先輩や京都の知人をモデルにしており、『キングレオの冒険』の論語もミステリ研の先輩がモデルだと明かし、いちからキャラクターを作れるようになったのは最近(二〇一五年当時)だと語っていた(文藝春秋BOOKS)。ミステリ研時代の経験や出会いは、円居が小説を書く際、様々な意味で糧になっているようだ。

 それでは、彼が批判を全部受け止めたうえで作った作風とはどんなものだったのか。円居の作品は、探偵同士、あるいは名探偵と天才犯罪者の対決に主眼があると指摘した大山誠一郎に対し、本人はこう答えていた。

 真相はひとまず措いておき、探偵vs.犯人の頭脳対決に絞ったほうが小説としておもしろく読ませられるのではないかと思って、対決という点を押し出してみました。


 『キングレオの冒険』の場合、ホームズの短編に見立てた事件が続くうちに背後にいた天才犯罪者の姿が浮かび上がる一方、老獪な河原町義出臣とスター的存在の天親獅子丸という二人の探偵の推理が対立し、いわば三つどもえのねじれた戦いになる。本書に限らず、円居作品の多くでは、事件の構図を二転三転させる弁舌合戦のヒートアップによって、ただでさえ個性の強いキャラクターたちの魅力が増幅される。論理的な推理の畳みかけという、やりかたによっては面倒くさいものになりかねない部分を、対決の図式の強調によってエキサイティングなものに変換している。

 本稿の最初のほうで作品にちりばめられたミステリ・ネタについて触れたが、それらになじみのない読者に対してもキャラクターの魅力で引っぱっていける。円居がまわりからのダメだしを全部受け止めた結果、できあがったのは、論理とキャラクターが両立したエンタテインメント性あふれる作風なのだった。

文春文庫
キングレオの冒険
円居挽

定価:869円(税込)発売日:2018年04月10日

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