この20系客車の外観がダークブルーであったことから、いつしか寝台専用特急は、その後の新形式車両も含めて「ブルートレイン」と呼ばれるようになる。昭和50年代前半、青い流麗な車体のブルートレインに列車ごとの絵入りヘッドマークやテールマークが掲出されて人気を集める「ブルートレイン・ブーム」という社会現象が起こったが、20系こそは、このブームの草創期の火付け役とでもいうべき存在であった。
汽車の時代が偲ばれる外形
ただし、20系にはその後に登場した寝台客車とは異なる、外形上の特徴がある。それが、列車の最後尾に充てられる車両の“顔”が、丸みを帯びた非貫通式(隣に車両が連結されていても移動できない)のものと、平べったい印象を受ける切妻型の貫通式(隣の車両と行き来できる扉がついている)のものと2種類存在する点だ。両者を比べると、全く異なる形式の車両に見える。
20系以前の旧型客車では、一部の展望台付き特別車両を除き、中間車両と最後尾の客車とで形状に大きな区別がなかった。同一形式の固定編成で運行されるブルートレインは編成の両端に中間車と異なる形状の客車を用いるが、客車の両端はどちらが最後尾になっても同じ形状、つまり同じ“顔”になるのが通常である。実用上の機能が同じであれば形状が異なる最後尾車両をわざわざ2種類製造する意義はほとんどないし、コストもかかる。通勤電車でも新幹線でも事情は変わりがない。
本作品でも、十津川警部が車掌長に次のような質問をぶつける場面がある。
「しかし、客車はだいたい同じ形をしているんじゃありませんか。それなら、先頭が最後尾になっても、テールエンドはほぼ同じ形だと思うんですが」
この「客車はだいたい同じ形をしているんじゃありませんか」という十津川警部の疑問は、一般的な鉄道利用者の感覚だろう。私たち鉄道利用者の大半は、無意識のうちに、「列車編成の先頭と最後尾の形状は同じである」という感覚を持っていると言ってよい。
その感覚が、20系には通用しない。それは、一義的には実用上の機能が異なる2種類の最後尾用車両が必要だから、ということに尽きるのであり、その詳細な説明は本解説では割愛するが、そのような固定編成のあり方に、私は“汽車の時代”の名残をも感じる。
鉄道創業以来、「汽車」といえば、蒸気機関車が客車や貨車を牽引するものと決まっていた。当然、その編成は先頭が機関車で最後尾は客車か貨車になるので、先頭と最後尾とで車両の形状が異なるのは当たり前のことになる。だいたい、蒸気機関車そのものが、前向きと後ろ向きとがはっきりわかるほどに前後非対称の形状をしている。
そもそも、20系誕生以前の固定編成によらない客車列車は、雑多な形式や色の車両が混結されているのが普通であった。それゆえ、固定編成であっても、実用面で必要があるならばその両端の車両を同一形状とすることにはこだわらない、という明治の鉄道草創期以来の設計思想が、20系の新造時点では「編成の前と後ろの車両は同じ形であるべき」とする美意識(?)に優越していたのではないだろうか。
かくも特色溢れる寝台車両が昭和60年まで急行列車である「天の川」に使用されていたことが、本作品を生んだ。実は、20系客車を「天の川」などの寝台急行に使用することは、国鉄としては思い切った措置だった。当時の国鉄は「特急と急行の区別はスピードだけでなく、設備・サービスの違いもある」として、特急用と急行用とで車両の使い分けを厳格に守ることを旨としていたからである。
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