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【冒頭立ち読み】『辺境の思想 日本と香港から考える』(福嶋亮大 張 彧暋・著)#2

文: 福嶋亮大

本書のまえがきを2回にわけてお送りします。

『辺境の思想』(福嶋亮大 張 彧暋・著)

 張さんは二〇一四年夏の時点で、すでに大きな政治運動の発生を予見していました。それで「きっと面白いことが起こるからおいで」と事前に声をかけてくれたため、僕は雨傘運動の二日後という最もホットな時空を目撃することができたのです。雨傘運動は中央の司令塔がないままに香港島の金鐘(アドミラルテイ)と九龍サイドの旺角(モンコック)を瞬く間に「占拠」し、暴力を使わずに都市の風景を一変させてしまいました(個体のでたらめな行動がいかに秩序ある集団行動を創発するかを考える、近年流行の「群れの科学」の事例としても、このデモの成り行きは興味深いものと言えます)。観光客のお気楽な戯言ですが、後にも先にも、僕はあのときほど強い衝撃を覚えたことはありません。

 多くの日本人は香港と聞くと、ショッピングや広東料理、カンフー映画やギャグ映画、そして高度に発達した金融業などを思い出すでしょう。しかし、このような物質主義的な要素だけで香港を語るのはもはや不十分です。飛行機でたかだか四時間ほどの近距離にあるにもかかわらず、日本人がいまだによく知らずにいるのは、香港にもれっきとした知的な営みがあること、そして従来の遊戯的な感性を背景としつつも若年世代から新しい政治意識が芽生えていることです。日本人は香港の新しい「精神」を知らねばなりません。張さんの活きた言葉は日本の読者に新たな発見をもたらすはずです。

 むろん、僕が日本人を代表しているわけではないように、張さんも香港人を代表しているわけではありません。我々はそれぞれ明らかにバイアスを抱えています。しかし、今日の流動的な社会で、不偏不党を目指してもどうせうまくいきません。むしろ重要なのは、相互行為を観察する視点(蛙の目)と状況を俯瞰する視点(鳥の目)を立体的に交差させることです。*4ミクロな人間的感情とマクロな社会的出来事をともに話題にできる往復書簡は、そのための良い媒体となるでしょう。


*4 ニクラス・ルーマン『プロテスト』(徳安彰訳、新泉社、二〇一三年)。



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