香港の社会学者・日本研究者である張 彧暋さんと日本の文芸評論家である僕が知り合ったのは二〇一〇年のこと。来日の折に、京都国際マンガミュージアムで催されたシンポジウムを傍聴しに来た彼と、日本のアニメやゲームについて意見交換したのが最初の出会いでした(彼は僕の日本語の評論を読んでいて、わざわざ連絡をくれたのです)。それ以降、僕たちは同世代の友人となり、たびたびメールを送り合うようになりました。
その後ほどなくして、二〇一一年三月には日本で東日本大震災、その三年後の二〇一四年九月には香港で民主化を求める大規模デモ、いわゆる「雨傘運動」が起こり、二つの社会が大きな転機を迎えていることが鮮明になってきました。当初はサブカルチャーや批評の情報交換が主であった我々のやりとりも、お互いの難しい社会的現実をどう捉えるかという方面に向かうようになりました。そのうちに、日本と香港の比較が新しい世界認識の手掛かりになることに気づき始めたのです。
そういうわけで、二〇一六年になって張さんから「日本の出版界で往復書簡をやらないか」と提案されたとき、僕もそれを喜んで引き受けることにしたのです。我々は二〇一六年の年末から翌年にかけて全一四通の書簡を交わすことを約束しました(なお、張さんの書簡は編集者との共同作業になります)。
本書『辺境の思想』はそのコミュニケーションの記録です。ただ、いきなり本編に入る前に、前提となる問題群をここで手短に説明しておきましょう。
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