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『京洛の森のアリス Ⅱ』望月麻衣――立ち読み

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

別冊文藝春秋 電子版20号

文藝春秋・編

別冊文藝春秋 電子版20号

文藝春秋・編

くわしく
見る

 薄茶色の髪に陶器のように白い肌、整った目鼻立ちの、それは美しい少年であり、この世界の王太子だった。

 ありすをこの世界に招いた因果により、蛙に姿を変えられたものの、ありすがその正体に気付いたことで、呪いは解けて、元の少年の姿に戻ったのだ。

「ハチス。ううん、蓮、どうして、また蛙の姿に戻っちゃったの?」

 ありすが勢いよく体を起こすと、蓮は呆れたように目を細める。「寝ぼけてんなよ、ありす。ナツメの言いつけだろ」

 ありすは、あっ、と口に手を当てた。

 ナツメとは、ハチス同様、この町に来た時から側にいてくれている存在だ。

 普段はうさぎの姿をしているが、実際は、ありすを迎えに来た初老の紳士であり、蓮の執事でもある。

 そんなナツメは、蓮にこのような注意をしたのだ。

『眠っているありす様に近付く時は、蛙の姿になるように』

 因果によって動物になってしまった者が、その呪いから解けた場合、その後は自らの意志で姿を変化させることができる。

 つまり、蛙の姿になったり、人の姿に戻ったりできるのだ。

 蓮は、ナツメの言いつけに従い、ありすのベッドに近付く時は、蛙の姿に変わるようにしていた。

「そうは言っても、俺たちは『婚約者』同士なのに、うるせーよな」

 蓮は小さな蛙の姿のまま、ありすのベッドに腰を掛けて、面白くなさそうに腕を組む。

 幼い頃、ありすの両親が元気で、まだ京都に住んでいた頃に、蓮はこの世界から弾き飛ばされて、人間の世界に来ていた。

 出会いは、小学校一年生の夏休み。

 下鴨神社の境内だった。

 最初、ありすを前に警戒心をあらわにしていた蓮だったが、すぐに打ち解けて、二人は仲良くなり、毎日のように遊ぶようになった。

 ありすにとって、遥か昔の出来事なのだが、あの日のことを鮮明に思い出せる。

 下鴨神社の境内を東に出て、小道を走り、高野川に出ると、夕焼け空が広がっていた。

 橙色と桃色が重なり合う中、白い月が浮かんでいる。

 蓮の薄茶色の髪が、夕陽に透けてとても美しかった。

 彼は自分が、遠くから来ていて、帰らなくてはならない旨を伝えた上で、こう告げた。

『ありがとう、ありす。大きくなったら、ありすを迎えに行くから。そうしたら――結婚しよう』

 それは、幼いプロポーズ。

 ありすは涙を滲ませながら、『うん』と強く頷いた。

 そっと重ね合わせた、小さな唇。

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版20号
文藝春秋・編

発売日:2018年06月20日

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