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『京洛の森のアリス Ⅱ』望月麻衣――立ち読み

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

別冊文藝春秋 電子版20号

文藝春秋・編

別冊文藝春秋 電子版20号

文藝春秋・編

くわしく
見る

「――っ」

 突然現われた美青年を前に、ありすは絶句した。「あらためて、おはよう、ありす」

 蓮は、ありすの頬に手を添えて、にこりと微笑む。

 ありすは何も言えずに、後退りをした。

「どうしたんだよ、ありす?」

 端整な顔を近付ける蓮に、ありすは手をかざす。

「や、あの、すみません、それ以上は……」

「はぁ?」

 すると、ドアの隙間からナツメが顔を出す。

 その長い耳は、呆れ切ったように垂れていた。

「ですから、蓮様。寝室に入る時は、蛙の姿でいなさいと言ったでしょう?」

「『寝ているありすに近付く時は』って話で、今はもう、ありすが起きたんだからいいだろ」

「それでは、撤回します。ありす様の寝室に入る時は、寝ていようが起きていようが、蛙の姿でいるように」

 ナツメは手を腰に当てて、ビシッと告げる。

「はっ、なんでだよ」

「まったく、あなたは……今のご自分の姿を確認してはいかがですか?」

「自分の姿?」

 蓮は自分の手に目を落とし、「んん?」と眉根を寄せる。

「手がデカい……」

 そうつぶやいた後、おっ、と蓮は顔を明るくさせた。

「やった、元に戻れた。大人だ! これで、ありすが十六になったらすぐにでも結婚できるな!」

 詰め寄る蓮に、ありすは「きゃあ」と声を上げる。

「なんで、嫌がるんだよ」

「蓮様、いいから、あなたはまず、寝室を出てください」

 ナツメは、蓮の耳をつかんで部屋の外へと連れだした。

 寝室を一歩外に出るなり、蓮の姿はまるで空気でも抜けたかのように、小さな少年に変わってしまった。

 一気に視界が変わり、着ていた作務衣がぶかぶかになったことで、自分が小さくなったことに気付いたのだろう、蓮は自分の紅葉のような手を見詰める。

「……一体どういうことだ?」

「それだけあなたが、とても正直な人間だということですよ」

「つまり、寝室では『大人でいたい』って心から思ってるってことなんだな。まっ、全然問題ないな、ありす」

 ぽんっ、と手を打つ蓮に、ありすは「もうっ」と思わずベッドの上のクッションを投げつけて、毛布をかぶる。

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版20号
文藝春秋・編

発売日:2018年06月20日

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  • 『さらば故里よ 助太刀稼業(一)』佐伯泰英・著

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